二〇一九年十一月
万里絵の住むマンションは、食事つきの賃貸ルームだ。近くに大手化粧品会社の本社や総合病院があるので、女性の単身赴任者向けになっている。管理人が常駐している、安全でアットホームが売りだった。
夕飯は焼き魚定食だった。秋刀魚の塩焼きに、カボスと大根おろしが添えられている。ナスとマイタケの煮びたし、卯の花炒りの小鉢もついている。
万里絵は三百五十ccのビール缶を飲みながら、秋刀魚をつついた。夕飯は六時半からの時間設定だから、さすがに八時過ぎになると、果汁を搾りかけてもじゅわーというわけにはいかない。
アルコール類は自腹で持ち込み可能だが、長時間居座ったり、宴会のごとく騒いだりがないのが暗黙の約束だ。
明日から週末なので食堂で夕飯を取る人数もまばらだった。地方の家族の待つ家へと帰ったのだろう。
万里絵の実家は東北、岩手県の花巻市にあった。父母と妹夫婦が住んでいるが、帰省するのは正月とお盆の休暇くらいだ。普段の土日は日中の業務中に読みきれなかった原稿を読んだ後は、最上階の大浴場とサウナとフィットネスルームで過ごす。食事と風呂がついているこのマンションは、万里絵のように仕事にしか興味のない人間にとっては天国暮らしだ。
夕飯を終えて自室に戻る。シャワールーム、トイレユニット、ミニキッチンつきのワンルーム、備え付けられていた最低限の家具以外、ほとんど何もない仮住まいのような部屋だ。
トートバッグの中から、原稿が入ったマチつきのA四サイズの袋を取り出した。デスク代わりのガラステーブルの上に置く。テレビのリモコンにスイッチを入れて、映し出されたニュース画像に万里絵は驚きの声をあげた。
画面中央に映し出されたのは、とある国会議員だ。いかつい四角ばった顔が両脇から報道の人群れに押し込まれていた。建設会社から資金提供を受けた疑惑があるというニュースだった。
要人の真横で報道陣の前に潰されそうになっているのは、午前中に書店で見たその人だった。整った眉の下の眼光は鋭く、人波をかいくぐりながら右を見ていたかと思えば左を向き、時折上方にも鋭い視線を散らしている。
「SP(セキュリティ・ポリス)だ」万里絵は声をあげた。
リモコンでチャンネルを次々と替えて、報道番組を見る。どの番組でも筆頭のニュースになって大々的に取りあげられていた。