駅の外の自販機で、祖母が皆んなに飲み物を買ってくれた。車に乗ると、石田さんが市内を少し回ってくれると言った。僕は運転席の後ろに座り、横に荷物をどんと置くと、ずっと乗ってきた電車で痛くなった背中をぐーっと伸ばした。車の窓を全開にして窓枠に手を置き、その手の甲に顎を乗せて景色を見る。湿気の無い心地よい春の風が鼻先を通り抜け、前髪をフワッと跳ね上げて僕に挨拶した。
左側に松山城が見える。お城の周りの沢山の桜が、もうすぐやってくる満開時には一層綺麗な桜吹雪を見せてくれる事、正岡子規や夏目漱石など名だたる文豪達の縁の地で、街中や電車の中にまで俳句ポストが設置されていて、誰でも市に俳句を送れる事、聖徳太子が訪れたと言われる日本最古の道後温泉、その近くのホテルで世界一位になったピザが食べられる事、石田さんがあれこれ一気に話してくれる。無事に着いた安心感と、知らない土地の話とで不安がワクワクに変わる。
「そう言えば四国って【お接待】発祥の地、って言われてるんだよね?」
僕は祖母に聞いてみた。小さい頃、母から聞いた事があった。
「そうそう。お遍路さんからきてる話でね、自分と同じくらい周りの人も大切にって事よ。四国の八十八ヶ所あるお寺に、昔の人は皆んな歩いて山をいくつも越えて行った。暑さ寒さや雨が、本当に過酷なんよ。四国の人はその大変さを知ってるから、お遍路さんに出会ったら家にある物何でもええから渡してあげるんよ」
「えっ? 知らない人に?」
「ほうよ。水でもおにぎりでもお茶でもタオルでも傘でも。知らない人でも自分の身内のように接待する。それを代々、子供の時から代々ずっと教わる。おもてなしの原点なんよ、四国は」
祖母が前を見たまま、声だけを後ろの僕に掛ける。ふぅ〜んと言って返したけど、実はそこまで大変な思いをして願掛けやおもてなしをする理由が、僕にはあまりよく分からなかった。