【前回の記事を読む】「勉強なんかせんでええ」と言う父が成績優秀な娘を生んだワケ
第一章 大自然の中で
四
そして、忘れてはならないことに、おばあちゃんは、人生における大切なことを私に沢山教えてくれた。小さい頃から繰り返し言われてきたことは、頭で考えてそう行動するというより、私の体に苔のように染みついていた。
「実里や、テストでいい点を取っても、絶対人に見せびらかしたらいけんで。見せびらかしよったら、人にいいように思われんけん」
「物は大切に大切に使うて、穴が開くまで使うて、それから新しいものを買うんで。勘弁に、勘弁にせんといけんでぇ」
「困った時に人に助けてもろうたら、帳面につけて忘れんようにするんで。そうしたら、次にその人に何かあった時には、助けてあげられるやろ」
そんなおばあちゃんにとって、お父さんは自慢の息子だった。おばあちゃんの部屋には、お父さんが今までに手にした賞状が立派な額に入れられて、襖の上に掲げられていた。私はよく、難しい漢字でビッシリと埋められているこれらの額と睨めっこをし、あのお父さんが果たしてどういったことで賞されたのか、ということに思いを巡らせていた。
ある日、離れに遊びに行くと、おばあちゃんが大好物の蒸し栗を無心にほじくり返して食べていた。私はここでまた、額の漢字が気になった。首が痛くなるほど、上を見上げた。
「允許品行方正学術優秀に付き 空手道初段を授与する向後益々斯道のため 研磨あるべきものなり」
私は小学三年生になったとは言え、やはりなんのことやらさっぱり理解できなかったので、おばあちゃんに尋ねてみた。
「おばあちゃん、お父さんは、どんなすごいことをして、この賞状もろたん? 知らん漢字ばっかりで読めれんわぁ」
おばあちゃんは、蒸し栗を食べる手を止め、私が指差した方を見上げて、嬉しそうに説明を始めた。
「左端のかね。これは、お父さんが空手の初段を取った時にもろうた表彰状なんよ」
「からて?」
「見たことないかね? 日本の伝統的な武道でな、『おっす』言うて戦うんよ」
「へぇ、お父さん、強かったん?」
「そりゃあ、初段取ったけんねぇ。えらくないと取れんけん。若い頃には、そこの公民館で子供らに教えよったほどやけん」
「ふうん。お父さんがそんなに素早く動くところ見たことないわぁ。じゃあ、こっちは?」
私は真ん中の一際大きな額を指差した。