【前回の記事を読む】「お父さん、すごいやん。」おばあちゃんから聞いた父の姿
第一章 大自然の中で
五
困るくらいのお調子者で、大酒飲みの父を持ち、勉強好きで、おばあちゃんっ子の私は、人の感情に敏感に育った。どちらかと言うと、悲しみや寂しさ、辛さといった、目を背けたくなる負の感情を強く感じ取っていた。
私は小学四年生になっていた。家の庭に濃いピンク色の寒椿が咲いた。学校の課外授業で押し花を習ったので、早速この花で作って、お母さんにプレゼントしようと閃いた。花弁を手にしたまま、適当な紙がないか物置部屋を物色していた。
口から吐く息が白い。私は身震いしたのと同時に、寒椿を手から滑らせた。その花弁の下に、一冊の手帳を見つけた。使い古された跡は見えないが、厚い埃を被っていた。
私は、保育園で何度も見せられたアニメ「鶴の恩返し」のおじいさんとおばあさんのことを思い出した。見ないほうがいいと頭では分かっているが、手が勝手にノートを開いた。そこには、優しい丸文字が綴られていた。お母さんの文字だった。所々、水滴で滲んでいる部分があった。
そこに刻まれていた叫びを目にした私は、空高くから脳天に向けて、隕石が落下してきたような衝撃を受けた。
「一月三日
なんでこんなところに来てしもうたんやろか?
誰もおらん、何もない、この町に。
寂しくて寂しくて、仕方がないよ……」
「一月五日
ここに来てもうすぐ半年。
お義母さんは小言と陰口ばかり。
お義父さんは無言で無関心。
肝心の幸久さんは……お酒。
寂しい。
嫁いで来たんは正解やったんやろか?」
「一月八日
付き合っとった時と話が違う。
『みかんの仕事はせんでいい。家の人はみんな、穏やかで優しいけん、心配いらん。
毎月旅行にも行こう。幸せにする』
って、手紙に書いとったのに。
みかんを手伝わんと、何もせん嫁だねぇと言われる。
人にも家にも馴染めん。旅行どころか、家から出ることすらない。
帰れることなら、帰りたい。
けど、お母さんにはもう少し辛抱するように言われた。
最近、体調がすごく悪い……」
「一月二十八日
お腹に赤ちゃんがやって来てくれました!
すごく嬉しい! これで一人やない!
元気に育ってね。早く会いたいなぁ」
「二月六日
つわりがしんどくて休んどったら、
お義父さんが、『なに昼間から寝とるんやー』と追いかけてきた。
怖くて怖くて……。
台所仕事をしてから、吐いた。
赤ちゃん、ビックリしとらんかな。ごめんね」