ここで、手帳は次の文字を綴るのをやめて、北国の冬のように真っ白で冷たい世界を留めていた。その手帳の下に紙袋もあった。中を覗くと、四角い二つ折の厚紙が入っていた。今度は鶴の恩返しのことは思い出さなかった。すかさず中身を開くと、真っ赤な文字が目に飛び込んできた。
「智恵子さん
ご結婚おめでとう! そして、今までありがとう!」
嫁ぐ際に退職した会社の同僚から貰った色紙らしかった。全体に星やハートの可愛らしいデコレーションがちりばめられ、様々な色彩で思い思いの言葉がしたためられていた。
「智恵子、お嫁さんになるんやなぁ。おめでとう!
遠くに行ってしまうけど、体に気をつけて、
旦那様と幸せな家庭を築いてな!
智恵子の笑顔にいつも癒されてました!」
「智恵子さん、結婚おめでとうございます!
いつも笑顔で優しい智恵子さん、
きっと幸せな家庭を築いていかはると思います!
こっちに来た時には声かけてくださいね!」
「幸せ」
私は、このカラフルな二文字とは、あまりにもギャップがありすぎるお母さんの悲痛な叫びを思い、涙を溢れさせずにはいられなかった。自分でも驚くほど大粒の滴が頬をつたい、色紙にボトンッと落ちた。その水滴は様々な色の文字を濡らして溶け合わし、濁ったこげ茶色の染みを作った。
私は慌てて色紙をパタンッと閉じて紙袋に入れ、手帳と共に元あった場所に戻した。私は、どんな時も目尻に幾層もの筋を作って、見る人の心を明るく照らす特大の花火のようなお母さんの笑顔を思い出していた。