【前回の記事を読む】【小説】「死に誘う花だよ…」父が“彼岸花”の話を娘にしたワケ
使命感
1
「これを食べれば……」
非現実的な死というものに、簡単に向き合えるような気がした。飛び降り自殺も首吊り自殺も苦しそうだし、何より自殺というものは仰々しい。食べるだけという簡単な行為で安易に死ねるのなら……と死に対して前向きに捉える自分がいた。
毒があるということは服毒自殺ということで、多少なりとも苦しみは伴うだろうが、彼岸花の美しさの前ではそんな発想は欠片もなかった。
美味しいものを食べてポックリ逝けるという安易な考えのみだった。何かに取り憑かれたかのように、花をつけた彼岸花を一本一本根元からちぎっては片手に束ねていった。秋の風が一段と強く吹くと、森になった所の木々から雀の群れが一斉に飛び立った。
2
愛知県東海市、鉄とランの町と謳われるベッドタウンに博樹の住まいはあった。築四十年は経つだろうというぼろアパート、その二階の一室に住んでいた。
会社が倒産してからしばらくの間は東京暮らしだったが、フリーターになってからは東京にいる必要もないため愛知に戻ってきていた。いる必要がないというよりは、いたくなかったという方が正解だろう。楽しかった思い出も多々あったがこうなってしまった今、その全てが忘れたい思い出だ。
変わり果てた毎日に嫌気がさし、収入のほとんどを借金の返済とお酒に費やした。休みのほとんどは酒に呑まれることが多く、いやでも忘れたい過去の記憶を思い出す。まるで逃げるように地元へ帰ってきた。1DKのアパートだが、寝て酒を飲むだけの生活には充分だった。
流し台には、カップ焼きそばの食べ残しとシンクいっぱいの彼岸花。どうしたものかと戸惑いながら、まずは帰ったらビールを一杯。それからシャワーを浴びて思案していた。
「つまみで食うか」
花を一本片手にとり
「毒ってどれだけの毒なんだ? 相当苦しいのかな?」
いざとなったらやはり不安が募った。
「どうやって食う? 塩で炒めて……いやいや火にかけたら意味無いよな」
恐る恐る真っ赤な花弁を一口食べた。
「苦っ。あ、マヨネーズがあったな」
片手に花、片手にマヨネーズを持ち、花弁にマヨネーズを垂らした。
「お、美味っ」
マヨネーズをかければ大概のものは美味しくなる。彼岸花とて例外ではなかった。テレビでは、お笑い芸人が芸人NO.1を決めるグランプリを競っている。この時期は恒例である。
博樹は基本バラエティが好きである。それほど見るわけでもないが、こんな暮らしになってからは少しでも華やかな雰囲気のする映像を流すようにしている。特に見入っているわけではなく、ただぼんやりと笑い声の絶えない映像を流している感じだ。
番組もクライマックスに差し掛かる頃には、四本目のビールと十本目の彼岸花を平らげていた。眠たいわけではないのだが視界がぼやけてきた。体も重く、しまいには天井がぐるぐる回りだした。異常を察知するより早く、博樹は気を失った。