その夜遅く、英介が帰宅すると、裕美が、佑介の先生との面談のことを相談している。しんみょうに聞いていた英介だが、

「やっぱり私立は避けたいな。どうせガリガリの受験校なんて受かるはずもないし、大体、受験勉強だけで学生生活を送らせるのもかわいそうだし。お受験なんて、『おじゅけづいちゃうよ』」

と、いきなりおやじギャグをかまし、裕美に、「まじめな話なんだから、くだらないダジャレはやめて。まじめに考えてよ」と叱られる。

英介が続ける。

「でも、私立っていったって、変な私立じゃ、力もつかないし、有名なところだと、気が緩んじゃうんじゃないか。僕の出た慶城大や、君の出身大学の青柳大の中学だと、知り合いの子供もいるし、先生だって知ってるのも多いからな」

裕美は、「いっそのこと、留学させたら?」と言うと、英介は、「まだ留学させるには早いよ。留学なんて子供が危ないじゃない。『竜が食う(りゅうがくう)』なんてね」とまた、ダジャレを言って、今度は黙ってにらまれた。

「とにかくこのまま、公立でおとなしく過ごさせよう。塾はどうするか、実力でいい大学まで行ってくれればいいが。とにかく、まだしばらくは、このままの状態で様子を見ようよ」

「でも、いったん、公立中学に入っちゃうと、高校から私立はあんまりないし、あっても、とっても難しいのよ」

「だからっていって、中学から私立に入れると、うちの場合は駄目な奴になっちまう恐れがある。高校からでも、いい家庭教師付ければ、何とかなるさ。獅子谷家の家訓に、『人生、何とかなるもんだ』ってのがあるのさ」

どんな失敗をしても、必ず何とかなるものだ、というのは、獅子谷家で代々伝えられている人生訓なのである。人生においては、どんなに苦しいことがあっても、焦らず、くよくよせず、落ち込まず、頑張っていれば必ずよくなるものなのである。

苦しい時は先が見えない、終わりが見えないから余計に苦しく感じるもので、もう少し我慢すれば必ずよくなると思っていれば、人間、何とか、今を乗り切れるものだ、ということである。これを英介は、父正介から言われてきているのである。

ダジャレ好きでお気楽な英介から、家の家訓だと言われても、今ひとつ身にしみない裕美ではあった。

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