想い
楽しいことなんてあっという間で、週末の休みが終わり、今日からまた気だるい一週間が始まる。
今わたしは登校途中。昨日からずっと考えているが、答えは出ない。出るはずがない。真実を知っている人に聞くしかない。
けど、そんな人はいないだろうな……。
視界の端にチラととある男が目に入る。なにか考えるよりも先にその人の元へ駆けていく。
わたしは剣崎くんの前に立ちはだかる
どうする?
→剣崎くんは逃げるを試みる
剣崎くんは戦うことにする
剣崎くんは逃げるを試みた。……だが失敗した。そもそも逃げるなんて選択肢はないし、与えない。
「え、なに、なんなのさ」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」
乱れた呼吸を整える。ひぃ、ひぃ、ふー。違うこれ、陣痛のときの呼吸法だ。
「このあいだの火災事故のとき、わたしに会ってないかな?」
「む。どうだろう……覚えていないな」
「ほかに学校の人とか来てなかった? わたしの友達とか」
「知らないな。そもそもお前の交友関係なんて知るはずないだろう。回りくどい。何が聞きたい?」
「それは……」
いろいろ迷ったが、それでもわたしは剣崎くんに全てを話すことにした。
「それ、どうでもよくないか?」
「よくはないよ!?」
真剣に話したのに、この一言だよ。他人事だよ! さっきまでの時間を返せ。
「誰に助けられたかなんて、些細な問題だろう。誰に助けられたのか知らないが今、お前はこうして五体満足に生きている。それだけで良くはないのか?」
確かにそうだ。その通り。誰に助けられたのか知らないが、わたしはこうして生きている。なにも問題はないはずだ。
でも、わたしの気持ちの部分はどうだ。
生死に関わる出来事だった。トラウマにすらなっている。わたしというものを形作る大部分を占める経験だ。
そんな大事なことを勘違いのままにしておきたくはない。せめて、その人にお礼だけでも言いたい。それに、わたしが弘樹に抱く想いは?
いつからこの感情を自覚したのかわからない。あの事件がきっかけかもしれないし、その前からなのかもしれない。
実はわたしを助けたのは弘樹ではなくて別人で、わたしの想いは偽物で、ただの勘違いだなんて思いたくない。真実を知るのはすごく怖い。でも…………
「でも、それでも、いつまでも勘違いしていたくないよ………」
気がつくとその言葉を吐いていた。目の前がモヤがかかったように見えにくい。目を拭うその手は少し湿っている。
誰かに感情を向けるなんて、わたしの心の内を話すなんて。でも、なぜかこの人なら答えを知っている気がする。
「どうだか知らんが、これだけはわかる。お前の《それ》は勘違いではない。俺は人と上手く話せないが、見る目はあるつもりだ」
「ぶっきらぼうな自覚はあったんだ……」
「うるさい」
目を逸らして、ため息をつく。
「さっきも言ったが、真実なんてどうでもいい。たとえ勘違いだとしても。肝心なのは自分がどう思うかのはずだ、だろ?」
その言葉を聞いて、モヤがかかったわたしの心は、もうすでに晴れていた。
「それと、あまり俺に近づくな。お前の運が悪いのはおそらく俺だ」
「なにバカなこと言ってんのよ……」
そう思うが、ふと思い出すとわたしの身になにかあるときって大抵剣崎くんがいるような気がする……。逆に弘樹と遊びに行ったときはなにも起こらなかった。
「いや、そうでも……ない? ……かも?」
「なんだよ、どっちだよそれ…………」
もう話は終わりだとでも言うように、わたしを置いて先に行ってしまう。