想い
「いいのですか?」
どこからともなく声がする。いつのまにか傍に1人の女性が立っている。生気を感じない白い肌と肩まで伸びた灰色の髪。背中にある深闇の翼が、人外であることを物語っている。その姿を見ても、剣崎は動じない。もう当たり前のことだからだ。
「なにがだ?」
「あ、いえ……その……」
彼女は何か言おうとしたが、上手く言葉にできず、喉まで出かかった言葉を胸の内にしまう。
「どうでもいいだろ、そんなこと。それよりお前、仮にも悪魔なんだろ。今日は働かないのか」
「へ? ああ、いや…………」
慌てて取り繕おうとするが、次の言葉が出てこない。剣崎の視線が徐々に険しくなっていく。
「おい……契約しただろうが」
「いえ、きちんと契約通りにしてますよ!?」
「その割にはなにも変わってないんだが」
「そうですね……。私は悪魔ですから、人の運気とかはどうしようもないんですよ」
人の運気、すなわち、幸せや不幸を運ぶのは神の使いである天使の役目だ。悪魔とは、人によって召喚され、望みを叶える代わりにそれに見合った代償を貰う。ようは等価交換。人から奪う側のもので、天使のように与えることはできない。
このまま放っておけば、運気が徐々に下がってしまう柏木は近いうちに命に関わる事故に巻き込まれるだろう。その前に、どうにかならないものか。
たとえ、悪魔に魂を売ることになろうともだ。