そこまで高倉豊は話し、少し左上に目をやって、黙った。北村大輔は、高倉豊が他にまだ何か言おうとしているように感じていたため、黙ってそれを待った。
「一つ、どうしても気になることがあってな。何故、島洋子さんは姫路から赤穂に引っ越して来たんやろか。それも今月になって」
「まさか伯母を疑っているんですか」
ようやく高倉豊が本題に入ったようだ。彼が今日ここに来るようにと、自分を呼び出した目的はこれだったのかと北村大輔は思った。彼は不愉快な気持ちになったが、島洋子が長年住み慣れた姫路を離れて、今月になって急に赤穂に引っ越して来たことを考えると、疑いの目を向けたくなることも理解することは出来る。ただしそのことを踏まえた上で、還暦を迎える前に、一人暮らしの寂しさから逃れるために、妹の北村晴子(大輔の母親)と弟の中原悠矢が住む赤穂に、移り住む決心をしたのだろうと北村大輔は考えたかった。
それに元々洋子伯母さんは、赤穂生まれの人である。もちろんそれは北村晴子と中原悠矢も同じだった。
「動機がないって言いたいんやろう。だがな、大輔には悪いが、引っ越して来たタイミングがどうも引っ掛かるんや。引っ越しの挨拶にと訪ねて行って、何か問題が起きた可能性は否定出来ない。この事件は、身内の人間が起こした可能性が極めて高いんや。だからどうしても疑いたくなるんや」
「指紋は残されていなかったんですか」
「二つの湯飲みは中原純子のものだけで、もう一つは口も付けられてないんや。首を絞めた紐状のものも持ち去られとる」