【前回の記事を読む】【小説】その年は観測史上例のない異常高温が続いていた…
第一章 夏の夜の出来事
一 熱帯夜
「瑠璃色の地球か。どこかでそんな歌を聞いたことがあったな」
「瑠璃色って素敵じゃない? 地球が瑠璃色に見えるのは地球に水があるからよ。地球は水の惑星なのね。だから美しいんだと思うわ。その地球から水がなくなって砂と岩だらけになるなんて、考えただけでぞっとするわ。水の惑星を赤茶けた砂の惑星にしてはいけないわよ。それは今の人たちがやらないと。わたしたちの責任だと思うわ」
「確かに地球は水の惑星だ。古い話になるが、世界で最初に宇宙飛行をしたのは、ガガーリンというロシアの軍人だ。当時はソ連だったがね。彼も『地球は青かった』って言ったそうだよ。地球が青く見えるのは水があるからだろう。だが、今の世界の流れを止められるかな。火星にもかつては水があったらしいが、今は干上がっている。地下にはまだ水が残っているというが、地球も同じ運命を辿る可能性がある。もう手遅れかもしれないぞ」
「やっぱり無責任だわ、あなた」
「じゃ、君はどうすればいいと言うんだい?」
「そう言われると」
「俺たちだけで心配したってしょうがないんだよ」
「でも、わたしは嫌だわ。美しい水の惑星が砂と岩の惑星になってしまうなんて」
「誰もそんなことは言ってないだろ?」
「でも、あなた、さっき、海も干上がって、砂と岩だらけの星になってしまうって言ったじゃない」
「極論だよ、あれは。遠い未来の話。空想に過ぎない」
「わたしにはそうは思えないわ。とても心配になってきた」
「俺たちが心配してどうする。俺たちには子どももいないんだ。俺はそんな遠い先の地球の未来を心配する気はないし、仮に心配したってどうなるわけでもないと思うけどな」
「それが無責任だって言うのよ!」
「もうやめよう。今夜は暑くてお互いに気が高ぶっているんだ。架空の話をもとにこれ以上議論したってしょうがないじゃないか」
「そうかしら? わたしには架空の話には思えませんけれど……」
二人は、ここへ引っ越してから初めて経験する熱帯夜に、いつになくナーバスになっていた。