入院中の京子は、看護師がおむつ交換のために身体を動かすと、十分もすれば右腰が痛いとか、手の肘を少し曲げてとか、首の向きの修正を要求してきます。見た目に異常がなくても、わずかに腰から下がねじれているとか「くの字」に曲がっているのです。

目視で分からない「ひずみ」が、関節を境にしてあります。本人の違和感のようなものですが、実際にひずみの部分に痛みが発生するのです。

健常者があおむけに寝ていて寝返りを打てば、腰から足から首、頭まで正常な筋肉で繋がっているので、機械的にその向きに動きます。

ところが京子の場合、病気による急激な筋肉の弱体化に伴い、他人によって動かされた部分以外は、上を向いたままで、置いていかれるのです。

当然見た目で分かる部分は、看護師によって修正されています。ゆるい角度を付けたベッドから足元にずり落ちた身体を元に戻すと、布団との摩擦で背中の皮膚が少し、たぐれた状態になることがあります。健常者でもこれはあります。他人から見た目には背中の下になり、分からない部分なのです。それに近い状態もあります。

側臥位になると「ケンコウ骨、広ゲテ(肩が縮まった状態になっている)」と言います。

それは本人の違和感ですぐに補正できます。それ以外の所を忍耐強く、ベッドの脇で待ち、京子の身体の痛みが出た所を補正します。自然体で寝ている体勢になるように、時間をかけて微調整しながら探りあてる作業を数回繰り返します。

「もう少し右?」

私の言うことを、京子は耳で理解しています。でも声が出ないので、私は京子の顔を覗き込み、目が合うと彼女は深い瞬きを一回します。これは「YES」の合図です。

口パクでも「もういいよ」と言いますが、まだ読唇術に慣れていない私は、この言葉しか読み取ることができません。

それ以外の京子の意思表示は透明なパネルの五十音字表でやりとりします。相手の目の位置を探し、見当を付けて、指差し確認をして拾います。一字一字京子の深い瞬きの一回で必要な字が確定されます。もどかしくて、ひらがなばかりで句読点もありません。

「パ・ソ・コ・ン・ス・ル」

京子の言うパソコンとはカメラが付いていて,画面の五十音字表上を動く京子の視線を拾って、文書が作成されていく代物です。一字に対して予め設定された凝視の時間で、該当の字が拾われていくのです。手動とほとんど同じことをしています。

ただ、首が動かないため、画面の隅にある文字の場合、やぶにらみの状態で視線を止めなければならず辛くて仕方がないようです。そのため、あまり使いたがりません。

その点、手動式の五十音字表は、京子の目の動きによって、パネルを私が動かすことで対応できます。

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