【前回の記事を読む】「お父さんがなんかへん!」ふらふらと単車で帰ってきた父は…

第一章 大自然の中で

アシナガバチの一件からしばらくして、雨蛙が大合唱を始める季節になった。うちのお風呂とトイレと洗面所は、私たちが住む母屋とおばあちゃんが住む離れとを結ぶ、剥き出しの廊下沿いにあったので、そこで頻繁に、元気に喉を鳴らす艶やかな黄緑色の雨蛙に遭遇した。

ゲロッゲロックアックアッゲロッゲロックアックアッ

その歌声をBGMに、この日、離れでおばあちゃんの誕生日会が催された。ケーキを食べ終えた頃、お父さんが立派な大瓶を手に提げてやってきた。そして、蜂の攻撃の痕と酔いの火照りとを入り混じらせた赤褐色に赤らんだ顔で、大声で言った。

「お母ちゃん、これ、買ってきたけん、飲みなはいやぁ」

おばあちゃんは小さな目を更に細め、その大瓶を見つめて言った。

「はぁ、健康酒かねぇ。これは嬉しや」

お父さんは薄笑いを浮かべて、慣れた手つきでその液体をトクトクとおちょこ満杯に注ぎ、「はい」とおばあちゃんの前に置いた。おばあちゃんは、そのおちょこをヒョイッと摘んで、顎を上げてクイッと飲み干した。その飲みっぷりを眺めていた弟・将樹が、天真爛漫な笑顔で声を上げた。

「わぁ、おいしそう! おいらも飲んでいい?」

すぐさま、お父さんが、「おおいいぞ、飲むか?」と、大瓶に手を伸ばしながら、ガッハッハッと笑った。おばあちゃんが胸に手を当てて、喉をつまらせながらも、口を挟んだ。

「バカ言われんっ! 子供は飲めれんで!」

「ほうかぁ。将樹には、ほんのちょっと早かったようやな。ガッハッハッ」

おばあちゃんが、胸をドンドン叩きながら、ゴクリと大きな唾を飲み込んで言った。

「ふぁ~、おいしかったぁ。胸がカッカッと熱うなって、元気が出てくるのぅ。ありがとうございます」

それを聞いてお父さんは、満足そうに、「そうやろ、そうやろ」と腫れた目尻を垂らして笑った。

「お父さん、珍しいやん。おばあちゃんの誕生日覚えとったん?」

私が聞くと、

「まあ、一生で一回の親孝行やろか?」

と、今日一番の大声で、ガッハッハッハッと笑った。おばあちゃんが、

「こりゃいけん! 明日は大雪が降るやろねぇ」

とニコニコの笑顔で言うと、築五十年の木造家屋が崩れ落ちてこないか心配になるほど、家族一同がドッと笑った。翌日の夕食後、私が離れに遊びに行くと、おばあちゃんに頼みごとをされた。