しばらくしてボースは、ゆっくりと席を立った。両手を緑褐色の軍服の腰に当て、円卓の周辺を歩く。カツカツと長靴の音が響き、その全身からは強い気迫がほとばしっている。やがて汪の正面で足を止めて言った。

「第一次世界大戦は、安定と繁栄が当然と考えられていた西欧諸国に、深刻なダメージを与えました。さらに、もう二度と戦争を起こすまいと平和運動や軍備縮小が続けられたにもかかわらず、わずか二十年後に第二次世界大戦が発生しました。このあたりを汪先生は、どのように解釈されますか?」

ボースの視線を受けて、汪が答える。

「第一次大戦によって、それまでの歪みがさらに一層拡大したと言えるかもしれません。植民地問題もそうですが、文明の発展に伴い、従来は抑圧されていた不満や要求が表面化します。それに対して、そのときの先進国は有効な対策を持っていませんでした。ただ、直接の要因となれば、ナチス・ドイツの急激な勢力拡大と日本軍部の独走が第二次世界大戦を呼び寄せたと言えるでしょう」

静かに語り続ける汪は、まあお掛け下さいとボースに声をかけた。

「では、いまここで我々は何をなすべきか」言いながらボースは、自席に戻り腰を下ろした。

「やはり徹底した歴史の再検討です。幸いこの異世界では、過去の歴史を修正することができます。むろん一定の規約に従わねばなりませんが、妥当な根拠があれば、かなり大幅な改変も可能です。それで私は、第二次世界大戦に至るまでの日本帝国の軌跡を取り上げたいと考えています」

汪はそのように明言した。

「では、その時期や登場人物は、具体化されているのですか?」

「そうです。時期は一九三一年の三月で、中心となる人物は、当時の陸軍大臣である()(かき)一成(かずしげ)大将です」

「なるほど、一九三一年、つまり日本の年号で昭和六年は歴史の転換点で、大きな事件がいくつも起きています。またキーマンに陸相の宇垣が選ばれたのは、大変興味深いですな」

ボースは快活に言った。