【前回の記事を読む】「私の家に来ないか?」日本人旅行者が驚いたシリアの暮らし
民家に泊めてもらってシリアンダンス トルコ(セルベガーゾ)→シリア(バブ・エル・ハム)
一九七四年一月二六日
アラブ民族の最高美徳は「ディヤーファ(客人好遇)」、「ハマーサ(剛勇と情熱)」、「ムルーア(男らしさ)」だというが、(『アラブの歴史』フィリップ・K・ヒッティ 講談社学術文庫)、見知らないわれわれを一泊させ、たぶん精一杯のごちそうであろう食事でもてなし、さらには大勢の親族や友達がやってきて楽しい一夜を過ごすという、まさにアラブの人の「客人好遇」の典型でもってわれわれ二人を歓待してくれた。
人が交流し理解しあうためには言葉は必要だが、子供たちがそうであるように、根源的な部分での触れ合いや交流には言葉はなくてもよい。むしろ言葉がないほうがお互いの心が直接響きあうようだ。
その後、みんながストーブの周りに集まって話をしているときに、Bの父親はメッカに向かって夜の祈りを始めた。
しかし、若い連中はぜんぜん関心を示さず、われわれと話を続けている。Bになぜ君たちは父親のように祈りをしないのかと尋ねると、祈りの前に水で体を清めなければならないが、今は冬で寒いから嫌だとの事。世界の情報がどこにでも入り込んでくる現在では、若者を中心にその国や地域の文化・風習・宗教などが崩壊・均一化し、一日五回の祈りを義務づけられているように、戒律の厳しい回教でもその規律が徐々に崩れていくようだ。
日本でもかつて村々に残っていた風習や伝統が廃れ、○○銀座のように金太郎飴のような、なんだか味気ない均一の社会になりつつあるように、この多様な自然や民族で構成されている地球も、同じように均一化して味気ないものになっていくのだろうか。
回教徒の礼拝は①日の出前、②午前、③午後、④日没後、⑤夜の一日五回、メッカに向かって行うことが規定されている。この後イランのシラーズからテヘラン行きの夜行バスに乗ったときおもしろい体験をした。
夜の十九時にシラーズを出発したが、出発してすぐに乗客のうちの男性の老人がコーランの一節(であろう)を大声で唱え、乗客全員がそれに和して唱える。それを数回繰り返した後、その老人が回教の念仏のようなものを唱えだした。乗客は頭を下げてそれに聞き入っている。そのうちにそれを聞いて泣き出す人も出てきた。
また、翌早朝、夜明けごろバスが止まったので朝食かと思って乗客の後についていくと、雪が凍っている二月の寒さの中で水で顔、手、足を洗い、床に持参の自分用の小さなカーペットを敷いて、メッカに向かって礼拝を始めた。長距離の旅でもこのように礼拝のためにバスが止まり、礼拝をするのだ。礼拝が終わると朝食も摂らずにバスは出発してしまった。
その後も、バスの中で昨夜と同じような詠唱と唱和を繰り返していた。回教の規律は実に厳格でいまだにそれを遵守しているのを見ると、日本人の宗教観と比べるとあまりにも差がある。
夜も更けて、ほとんどの人が帰ってBの同年代の若者だけが残り、いろいろなゲームをやった後、今度はこちらが彼らに空手、柔道、ダンスを教える。当時はブルース・リーの映画が世界中でヒットしていたので、空手と柔道はどこでも驚異の目で見られ、ちょっと型を教えると熱心に反復練習する。ダンスは先ほどゴーゴーを踊ったものだから、それを教えろという。ついでにジルバ、ブルース、そしてチークダンスも教えてやった。