卒業式と教員の服務事故(2) ~副校長1年目の卒業式~

いよいよ式当日。出勤してみると、とんでもないことになっていた。校舎の至る所に真っ赤なペンキで大きく「死ね」「ぶっ殺す」「○○見参」「××参上」などの落書きが目に飛び込んでくる。警察に通報するとともに、教員と一緒に、落書き消しをやった。3時間はかかったであろうか、定時制であったので夕刻の式典には何とか間に合った。生徒がこれを見ようものなら逆上し、報復行動に発展しかねない状況であった。

とにかく、大事な卒業式が混乱しないようにと、必死で片づけた。聞くところによると、どうも、卒業生と地元の暴走族の対立抗争の影響のようであった。余談ではあるが、黒ピカの新調した皮靴が、ペンキ掃除の際に、染みがついてダメにしてしまったことが苦々しい思い出となっている。

式当日は、色んなことがあって、とにかく忙しかった。副校長として、都議会議員をはじめ、来賓接待、都教委の出席者への対応など大変慌ただしかった。加えて、校門前には、外部の政治団体が押しかけ、国旗・国歌反対を唱え、幟を立ててハンドマイク片手にわめいている。

それを取り巻くようにビラ配りがたむろしている。これらを制するのも副校長の務めである。校門前に出て行くと、先方は弁護士をつけていて、強制退去を拒む姿勢を示してくる。こちらも何かあった時に備え、事前に所轄の警察には要請済みで、近くには複数の私服警官が張っている。

そうして、どうにかこうにか、開式までこぎ着けたが、ここからが本番、最も緊張する場面を迎えるのであった。東京都では音楽教師は、一般に国歌斉唱時のピアノ伴奏を務めることになっている。当該校の音楽教師は、女性組合員の最古参で、国歌斉唱には反対の立場であった。これまでも“体調不良”を理由に式当日に欠席をしたりしてきたが、この年ばかりは、自らが担任する生徒たちが卒業式を迎えるという状況にあった。

彼女は、“病気”を理由に欠席するのか、それとも出席し、ピアノ伴奏をきちんと務めあげるのかの選択を迫られていた。最終的に、彼女はピアノ伴奏をすることを選んだ。さすがに、担任として卒業式を欠席するわけにはいかなかったのであろう。

しかし、意図的な行為なのか、偶発的な事故なのか、今となっては定かではないが、出だしの部分がはっきりしないまま国歌斉唱が始まってしまった。でも何とか国歌を斉唱したという“形”だけは取り繕い、その場はしのいだ。式後、出席していた都教委は、「“許容の範囲”か……」とうつむき加減に呟いた。結果として、特に問題にはされなかったが、あれは明らかに……。