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熱い石ころ
一
常雄には言わなかったが、明夫が内定を得るまでの経緯はざっとこんなものだった。
六月のはじめ、明夫は指導教授の部屋に来るよう連絡を受けた。大学院へ進学する希望はないことは前に伝えてあったし、もう呼ばれた学生もいたので、就職のことと想像できた。
この飯山教授の指導を受けている学生は六人しかおらず、といっても人気がないわけではなく、専攻分野がちょっと特殊な分野だったのでそうなっただけのことだが、全員就職を希望していた。教授はそれぞれの能力や人柄や適性などを考慮して就職先を振り当てているようだった。明夫はすぐ飯山教授の部屋を訪れた。
「まあそこに座りたまえ」
教授も机から離れて応接用の椅子に腰を下ろした。
「こんな推薦依頼状が来ているのだが、君にどうかね」
教授は小さなテーブルの上に企業からの推薦依頼状を置いた。その見出しは「明春卒業予定者の採用条件其の他通知の件」となっていて、企業の正式名称は深井技術調査所となっている。時候の挨拶に続いて「……つきましては次の通り職員を募集致したいと存じますので、御多用中恐縮に存じますが何卒御推薦下さいますようお願い申し上げます。敬具」とあった。
その下には「記」とあり、採用予定人員・給与・提出書類・書類提出締切日・採用試験・書類提出先などという項目が並んでいた。給与の項目を見ると、月額標準二万四千五百円とある。友人には公立学校の教員になろうとしている者が多くいたが、彼らに聞いた教員の初任給とほぼ同じだった。
採用試験の項目は、第一次書類選考結果が六月末日までに通知され、第二次筆記試験及び面接が七月八日と九日に予定されていた。試験科目は専攻学科、英語、時事問題の三科目である。
「どうだね。受けてみては。……といっても少しは考える時間も必要だろうから、これを持っていっていいよ。ただ応募しないならまた誰かに振るから、二、三日中に返事を聞かしてくれたまえ」
それから飯山教授はこの会社の概要を説明してくれた。調査所といっても主に地質調査のコンサルタント業務を行っている株式会社である。小さな会社ではあるが、大企業の委託を受けて機械や部品の試作や技術開発業務も行なっており、その業界では少しは知られた会社であるという。教授はこの会社の社長とも専務とも学生時代から懇意であるとのことだった。
「この深井社長はね、関西の資産家の息子でね、彼が須藤専務とこの会社を興すとき、社長の父親が資金を出したんだが、その条件というのがふるっている。事業がうまく軌道に乗ったら文楽を援助すること、というんだ」
こんな内輪話まで披露するほどだから飯山教授とはよほど親しい間柄であるようだった。明夫はあまり大きな一流企業よりこの程度の規模の方が自分が生かせるような気がした。そこでこの会社に応募することにし、応募書類をそろえて送り、七月に東京で採用試験を受けすでに内定をもらっていた。
専攻学科の試験はあまりできなかったのに、内定がもらえたのは教授の影響力があったのかもしれないが、もちろん教授はそんなことをほのめかすような人ではなかった。