「幸チャン、今度イレンダを任されたの。たまには飲みに来て。幸チャンが居ると、今までのお客も安心してまた来てくれるから」
美香チャンから電話が有った。やっぱり店は身内の方が安心だ。前に店で働いていたし、馴染みの客もまた来てくれるかもしれない。美香チャンはオーナーにそう頼まれた。
イレンダも朋チャンの事件があってから、だいぶ客が減った。ここは一肌脱ぐか、私も関係者だし。店に行くという事で、彩チャンとの繋がりも残る。彩チャンがどんな止まり木を選ぶか、見届けたい気持ちも有る。
飲み屋に行くのに理由は要らない。だが電話を貰ったおかげで行きやすくなった。すでに六十を過ぎたが、目的が多いほど人生に張り合いが出る。長生きするかもしれない。まるで年寄りの考えだ。そんな事を考えているうちに、早くも電車は浅草橋のホームへ滑り込んで行った。
ただ気になるのは、また若い女性とぶつかりかけた事だ。この後、いつもろくな事が起きない。まさか考え過ぎか。軽く打ち消し、はやる気持ちで店に向かった。
「幸チャン、来てくれてありがとう。糖尿なのに御免ね」
美香チャンは『フレンズ』で見た時より肌に張りが出て、胸も豊満さを取り戻していた。
「あっ、それなら気にしなくて良いよ。アールグレイ作れる」
私はサラリーマン時代、店長として地方の支店に転勤した事が有る。接待や会合、役員が来た時、食事の後必ず二次会でどこかへ飲みに行く。私はいつも二次会の場所は決めていた。ほとんどそこにしか行かない。馴染みの店は安心だし、気兼ねが無い。ママが察してくれて、私の連れに気を遣ってくれるから。誰だってこんなおじさんより、綺麗な若い女性の方が良いに決まっている。その時ママがいつも出してくれたのがアールグレイだった。
スナックの照明では、ほとんど水割りにしか見えない。糖尿とはいえ、私だけ紅茶というわけにはいかない。良い店と言われる所には、必ずこういった気の利くママや女の子が居る。気持ち良く飲める。だから客も多い。稼ぐのにガツガツしている店は、雰囲気で分かる。酒がまずい。当然客も減る。正に水商売。
「徳さんや大藤さんにも声を掛けておいたから。大藤さんが来れば、間違いなく山口さんも来るよ。未だにあの二人はセットだから」
「ありがとお~。それより幸チャン、良いの、今無職でしょ。この間探偵みたいな事してたけど、やってみたら。やりたい事が有ればやれば良いよ。人間何をするにも、遅すぎる事は無いわ。私もみんなに励まされたおかげで、もう一度人生をやり直す気になれたんだから。あああっ、でも残念だな、幸チャンが独身なら結婚してあげるのに、私だってまだ諦めたわけじゃぁ無いし。フフフフフッ」
「ええっ、六十の爺さんだよ。それでも良いの。う~ん、それなら今の奥さんを完全犯罪で亡き者にして、保険金を手に入れて、美香チャンと一緒に店をやって、二人で甘い老後の生活を……」
「何ほとんど心にも無い事言って。奥さんに今言った事、ばらすわよ」
「あっ、昔ここで一緒に働いていたのを忘れてた。ハハハハハッ」