監視社会の抜け穴
ほんとに成ったたとえ話
マンションから出た私は、成田さんの会社のウェブサイトにアクセスしてみた。結構大きな会社のようだ。トップページのお知らせ欄に、現在ビッグサイトで開催中の生活雑貨展に出展中とあった。これだ、思わず拳を握りしめた。
私はサラリーマン時代、何度も展示会の責任者に成った事が有る。展示会での一番の目的は、自分のブースに多くのビジターが訪れ、そして興味を持って貰う事に有る。出展しても、誰も来てくれなければ意味が無い。来てくれても、何の興味を示さなければ無駄に成る。だから、ブースに入って来たどんな人にも親切に対応する。
「すみません、成田さん居らっしゃいますか」
「えっ、成田ですか。成田は来ていませんよ」
「そうですか。この間、行きつけのお店で一緒に飲んだ時、今度展示会に出展するから、是非来てくださいって言われまして」
「へぇー、そうですか」
「へぇー」とは驚きである。この場合は、「それはわざわざ、どうもありがとうございます」と、来るはずである。
「成田は製造で、展示会とは関係ない部署なんですよ」
その言い方から、どうも成田さんは好かれてない様に感じた。私は適当に質問して、商品の説明を受け、ブースの近くをうろつき、誰か休憩に出るのを待った。
展示会とは立ち仕事に成る。不思議と来客が多く忙しいと、疲れも感じないのだが、人が空くと急に疲れが出る。そんな時は、順番で休憩に入る。上手い事に、一人ブースから出て行った。私は後を追った。すると運良くその男は喫煙場所に入って行った。私も喫煙者だ。丁度良い。
「あっ、エッセンシャルの人ですよね。先ほどブースに伺いまして」
「ああ、成田の紹介で」
「ええ、そうです。成田さん、何か人気が無いって言うか、嫌われているって言うか、そんな感じでしたけど、気のせいですかね」
「まっ、あの人が自分に関係の無い仕事に、口を出した事に驚いただけですよ。あの人プライドが高くて、外注さんにも冷たいんですよ。人を押しのけて出世しているって、陰でみんな言ってますからね。まあ、大きなお世話かもしれませんけど、私なら絶対友達なんかには成りません」
「いやぁ~友達では無くて、ちょっと行きつけの店で、偶然一緒に飲んだだけですよ。今度一杯奢ってくれるって言われました」
「へぇ~それは驚きです。成田も飲みに行く事が有るんだ。部下を飲みに連れてった事も無いのに。しかも奢って貰えるんだ。ふう~ん。あっ、御免、そろそろ戻らないと。今の話は成田にはしないでください、つい口が滑った」
そのエッセンシャルの社員は、たばこを揉み消し、苦り切った顔をして喫煙場所を後にした。