監視社会の抜け穴

ほんとに成ったたとえ話

もう一つ疑問が湧いた。凶器の刃物だ。美希チャンは血だらけで、刃物は刺さっていなかった。刃物が刺さったままなら、大量の血は出ない。だが証拠は残る。抜いて持っていけば、証拠は残らないが、沢山の返り血を浴びる。血だらけで刃物を持った人は、誰が見ても怪しい。警察に通報するだろうし、防犯カメラにも残る。タクシーにも乗れない。タクシーに血が付く。運転手も降りた場所を証言するだろう。足がつく。果たしてどうやって逃げおおせたかだ。

「ところでママ、美希チャンの浮気相手の事なんか知らないよね」

「あ~らっ、よおーく知ってるわよ。時々来るもの」

「凄いですね、堂々と店に会いに来るんだ。それでどんな感じの人」

「細身で背が高く、まあまあってとこかしら。何でも同期入社なんですって。口は上手いわね。美希の愚痴を良く聞いてあげてたから。そしていつも言ってたわ。美希も僕も、名前に希望の希が有るじゃない。もっと希望を持って、だって。女って悩んでいる時なんか、こんな臭い言葉でもコロッと逝っちゃうものなのね」

私は成田さんが書いてくれたメモを確認した。『羽賀尚希』とあった。

「じゃー、浮気相手の人は白かな。上手くいってたみたいだし」

「当たり前でしょ、金づる殺してどうするの。何故わざわざ店に美希に会いに来ると思ってんの。株とかFXとかの資金繰りよ」

成田さんは確か言っていた、

「もう屈辱以外の何物でも有りません。考えるだけで腹が立ちます」

あの時、何か突然感情的に成り、話の流れに違和感を覚えた。だが今納得した。自分の稼いだ金が妻を通じて、自分が目を掛けてやった後輩に渡る。しかもそいつは浮気相手だ。確かに屈辱以外の何物でも無い。帰り際、ママにそっと耳打ちされた。

「浮気相手の事は言わないで」

「分かってるよ、ママ。でも、もう知ってるみたいだよ。だって、相手の名前、教えてくれたんだ」