【前回の記事を読む】【小説】王国を影から守る“姿を見せない救世主”の噂
姿を見せない救世主
瞬間、血の気が引く感覚を味わい、子分の言っていた人物像が頭に浮かぶ。銀髪に眼帯。いやいや、まだ来たばかりの俺達の情報なんて知る訳がない。
「はい、じゃぁこのIDカードは預からせてもらうよ。いつか貴族世界に戻れるといいね」
どこまでもおっとりと優しい言葉をかけてくれる駐屯軍人の言葉を背中に、二人はアテもなく歩き出した。
「あ、兄貴、さっきの……」
「馬鹿、真に受けんな。そうと決まったワケじゃねーだろ」
「でも、目撃した奴は皆殺されてるって……」
どこまでも気の弱い子分に嫌気がさしたのか、寂れた路地裏に入った所で重い荷物を降ろし、子分を見据えた。
「いい加減にしろ! 俺達が貴族連中を殺してまで強奪したこの品々は何の為だ!? お高く留まってる連中が気に喰わなくてわざと此処に落ちたんだろう! プライドだけで生きていけねぇ世界なんだよ、華族世界も貴族世界も!!」
「でも……」
「誰かの下につくのもいいが、この金銀財宝を売れば、暫くは豪遊生活ができる! 違うか!」
「そう、だけど……さっきのIDを調べられたら、俺達のやった事バレるし……」
「だーかーらー、このスラム世界はそんな事で罰せられる場所じゃねーんだ! 悪党も善人も入り混じった世界なんだよ!」
「そうそう、その通りだぜ」
「ほれ、分かったら荷物持って今夜の寝床を探すぞ」
「あー、それは必要ねぇな」
「あ? なんだと?」
「ち、ちが……兄貴、俺じゃないッ!」
「ぁあ? お前以外に誰がいるって―」
くるりと子分を背に前を見据えれば、見た事のない人物が後ろ姿で立っていた。いつの間に、などというのは愚問なのかもしれない。
「長い銀髪……っ!!」
そしてそのさらされた長い髪の隙間から見える、足元までの長さの白いロングコート。その背中には大きく書かれた『葬』の文字。腰には木刀と真剣の二本の刀を差しており、裸足で下駄を履いていた。
「ま、まだだ! 眼帯はまだ確認してねぇ!」
「あ、兄貴ッ、逃げよう! やっぱり噂は本当だったんだ!!」
と、子分が先に後ろ方向へ逃げようとするも、今度は違う人物がそこに立っていた。
「お嬢からは逃げられませんよ」
黒い燕尾服で身を包んだ長身の、蝶々結びで髪を結う黒髪の男。その片手にはシルバーのフォークとナイフが装備されている。
「後ろも前もダメなら脇道だ!」
人一人分ぐらいしか隙間のない脇道に入ろうと駆けるが、男の足は止まってしまった。
「あ、兄貴? 早く逃げないと!」
「……なんでだ……この世界に入ってまだ数十分しか経ってねぇのに……」
「残念やったなぁ? これもお嬢の命令やさかいに。サービス残業やわ」
今度は関西弁の女の声。だが、"ただの女"ではない事はその風貌を見れば一目瞭然だろう。見た目は花魁そのものだが、長い黒髪の頭には獣の耳が生えているのである。そして、銀髪の人物が執事を思わせる風貌の男に問いかけた。
「おい栗栖、そのIDカードの情報は確かだな?」
「御意。駐屯所に預けられた此方の方々のIDカードのチェックは終わりました。貴族世界にて被害届が出された情報と一致致します」
「んじゃ、そういう事で」
そこで、銀髪の『女』は初めてこちらを振り向いた。風に撫でられる美しい銀髪、ニヒルな笑みを浮かべる表情、そしてその右目には黒い眼帯――
「ひ、ひいいぃぃぃぃッッ!!」
「ちょっくら死んでもらおうか」
それは月の欠けた新月の夜。二つの魂は永遠の眠りを約束される。"葬"と書かれた紙だけをその体に残して。