【前回の記事を読む】「私の妹も、目が見えないの」弁護士の女性が語った悲しい現実
明日の私と私の明日
力や立場が強い人ばかりが一方的に攻撃して、声を上げられない人は泣くしかないという事が実は何処にでもあって、それはもしかして大人になっても、ずっとついて回るのではないだろうか。あと数年我慢して、何処か遠くへ行ってしまえば面倒な事を考えなくて済む、という自分なりのシナリオが一瞬で崩れた。
「皆んな、大変なんですね……」
佳奈は怒りを必死で抑えて、ため息と一緒に小さく呟いた。
「そうね……。佳奈ちゃんはどう? 学校は大変?」
「私は別に、何にも期待してないし」
「そうなの? まだこれからなのに、そんな事言わないで。それに……」
「それに?」
「それに、自分の一番の味方は自分だから。その一番の味方にそんな事言ったら、バチが当たっちゃうわ」
フフッと笑いながら言った里香のその口調は、優しくて力強かった。
そうだった……。
この人の前で、思い付きみたいな言葉を軽く口に出しては失礼だった。
「すみません。里香さんも大変なのに、適当な事を言って……」
そう言いながら頭を下げた。
「いいのよ、ありがとう。そういう気配りがとても嬉しいの。大人でさえそういう事に気づかない人もいるから。さっきの神山君の横を通り過ぎた人達みたいに」
佳奈は、ついさっき彼が助けてと一人立っていた光景を思い出した。そして、自分もその素通りした中の一人みたいなものだったと思い出して、アールグレイの紅茶が喉を通らなくなった。
「ねぇ、知ってる? 【気がつく】と【気が利く】と【気が回る】って意味が違うの」
そう言うと、里香は一度座り直した。
「どれも、同じような意味じゃないんですか?」
「似てるけど、少しずつ違う。先ず何かに気がつくようになり、あちこち気が利くようになって、そして全体に気が回るようになる。はじめをすっ飛ばしてある日突然、気配りはできない。そういう私も、まだまだだけどね」
「気配りや気づきにも、段階がある?」
「そうね。でも佳奈ちゃんはさっき、私を思って気づかってくれた。何か一つに気づけば、明日からもっと色んな事が変わるんじゃないかな?」
変化する自分と、何事もなくこのまま時が過ぎて欲しい自分とで混乱する。これまで、手助けをするとか声を掛けるとか、正しい筈の行いを恥ずかしさや人の視線が気になって、知らん顔してきた。まるでその事の方が正しいかのように。そうやって、知らないうちに誰かと絡む事を避けてきた。だけど、いつまでもこのままではいられないのかもしれないと、それはぼやけたレンズのピントが少しずつ合ってくる感じだった。
「いつ、何に気づくかは自分次第。その気づきのチャンスさえ見逃す人もいるから」
「でも、見逃すほど難しいって事ですよね? チャンスを捕まえて気づけば、それで何かが変わるのかな……」
「勿論よ」
里香は大きく頷いて、
「あれこれ気づく事で、ものの見え方が変わる。変われば色々悩み、考える。考えれば選択肢が増える。そうやって学んで、昨日までとは違う自分に向かって前に進む事が大切じゃないかな」
昨日までとは違う自分……。