姿を見せない救世主
今この国は、魂を狩る“救世主”の話題で持ちきりだった。人知れず何処からか現れ、そこに住む人々が怯える悪人の魂だけを狩って姿を消す―そして狩った魂の体には“葬”と書かれた紙だけを残して去っていく。まさに“姿を見せない救世主”だ。
だが、いつの頃からかその姿を見たという者も現れ、その風貌は銀髪に眼帯をしているという。しかし性別や年齢は不明、目的も不明。しかし人々は皆、その存在に救われていた。
空に浮かぶ国、蛇崩王国。この国はピラミッドを模したような姿で4つの世界に分けられていた。蛇崩一族・国王の住む頂点である王族世界を筆頭に、その次が華族世界、その下に貴族世界、そして底辺は最低の世界と呼ばれるスラム世界。一度スラム世界に落とされると上に戻るのは不可能だといわれ、誰もが自分の住む世界の掟を守る事に必死だった。
だが、逆にスラム世界に落ちる事を望む者もいる。いわゆる、悪行を犯した連中だ。世界の秩序を守る国家軍隊もスラム世界にまで介入しないので、逃げ場にはもってこいなのである。しかし、そうした悪人達を国家軍隊に代わり陰ながら阻止する者がいたのだ。
「はぁっ、はぁっ、兄貴! うまくいきやしたね!」
「おう、貴族世界は5日間居住地がなければスラムに落とされる仕組みになっているからな。貴族連中から強奪したこのお宝を隠しながら5日間やり過ごせば、このIDカードが居住地がなかった事を証明してくれる」
貴族世界を含めて上の世界の人間に必ず配布されている一枚の小さな個人証明IDカード。街中の至る所に設置されているセンサー付きカメラがその動きを自動的にIDカードに記録しているのである。大荷物を背負った二人の男は、貴族世界とスラム世界を結ぶ階段の夜道を急いで降りていく。
「関所の軍隊は荷物チェックもしなかったし、楽勝だったな!」
「でも兄貴、スラムでの噂が本当だったら……」
「“姿を見せない救世主”の事を言ってんのか? あんなもんデタラメに決まってるだろ。スラム世界は無法地帯だ、この財宝を手土産にどこか名のある罪人の子分になれば命の心配はねぇよ」
「でも……」
まだ話を続けようとする子分が気に入らないのか、先を走る男は振り向いた。
「スラム世界はあの強靭な軍隊でさえほったらかしにしてる世界だ、そこに追手なんかいるワケねーだろ! お前が言ってる“姿を見せない救世主”はアレだろ、銀髪に眼帯野郎の事だろ? 時々貴族や華族世界に来てるとか噂はあるけどよ」
「だって銀髪は王族の証だし……でも、だとしても軍隊とは関係のない奴だったら……」
「それこそ意味がねぇだろ。そいつは何の為に仕置きするってんだ? 慈善事業か? それともスラム世界の守護者ってのかよ? 第一、今の政権に不満がある奴は、見せしめの為に銀髪にしてる奴が多いって聞くぜ?」
まだ不安そうな子分の顔を見て不満げではあったものの、また暗い階段を駆け足で降りていく。