彼女と出会った年にある女の子とも出会った。療養病棟に入所中の六歳の子だ。
僕は入職二年目で配属先が変わり、その女の子と出会えた。
とても人見知りの強い子だったが、慣れるといろいろな話をしてくれた。好きなおもちゃ、スタッフのこと、家族のこと、さまざまな話を聞かせてもらえた。
そしてその子は何気なく僕にこう言った。
「優花ちゃん、大きくなったら歩けるようになるかな?」
「…………」
言葉が出なかった。
「優花ちゃんね、歩いてこの扉を開けたい。ハル君と一緒に歩きたい」
そう言って優花ちゃんは病棟の自動扉を指さした。
「そうなんだ。優花ちゃんは歩きたいんだね」
「うん」
とても無邪気な笑顔だった。
優花ちゃんはいつもうつ伏せの体勢で一日を過ごしていた。
優花ちゃんは先天的な疾患で下半身の感覚は全くない状態で療養病棟へ来た。家族とはたまにしか会えず、将来的に歩行することは絶望的だった。
僕は優花ちゃん専用のストレッチャーを押しながら、優花ちゃんの話を聞いていた。
僕が子どもの時、ちんちんが生えてくると信じていたように優花ちゃんも大人になったら歩けると信じているのかもしれない。
僕の悩みは優花ちゃんが将来、抱える悩みに比べたらずっと小さいはずだ。健康体を持つ僕らの方が、どうしてそんな小さなことにこだわり続けるのだろう?
僕は優花ちゃんを抱っこした。優花ちゃんは笑っていた。
そして鏡に映る僕と優花ちゃんを見つめた。昔は直視できなかった僕自身が映し出されている。
服を着ていても着ていなくても今はちゃんと見つめることができるのだ。
「優花ちゃんはアリエルみたいだね」
「何それ?」
「人魚姫の話だよ」
僕は優花ちゃんを抱っこしてアリエルの話をした。
「アリエルは人魚姫なんだけど人間になりたいって願っていたんだよ。歩いたり走ったり日の光を浴びて生きることを夢に見て、最後は人間になって王子様と結婚する話だよ」
「ふーん」
僕は昔、夢をかなえたアリエルに憧れていたんだよ、と心の中で優花ちゃんに言った。
いつか優花ちゃんが現実を知っても、必ず希望もあるだろう。絶望と希望はいつだって隣り合わせに存在するのだから。そこにはきっと誰も見たことのない景色があるかもしれない。
普通に生きる人よりも優花ちゃんの方がずっと輝いて見える。僕もそうやって新しい人生を歩みたい。