【前回の記事を読む】「修学旅行の入浴は拷問…「男子の前で裸の方がまだマシ」

居場所

ある日、事件が起きた。昼休みももうすぐ終わりそうな時間だった。クラスの大半の生徒は教室でそれぞれ友達と雑談をして過ごしていた。僕も男子と一緒にかわいい女子をからかいながら過ごしていた。突然、教室のざわつきに勝る大きな怒鳴り声が廊下から響いた。

「てめぇ」

それは海老沢の声だった。クラスはその声に好奇心を煽られてはしゃいだ。そして声につられてみんなが教室から男子トイレの前に集まる。そこで海老沢が一方的に萩野を殴っていた。体格のいい海老沢は一度キレると誰も手が付けられない。僕と向き合うように人混みの中心に村瀬がいた。萩野の姿をずっと見ていた。村瀬が言った。

「海老沢、いい加減にしろよ」

「あ?」

海老沢の殺意の籠もった目が村瀬に向けられた。腫れぼったく鋭い眼光だった。だから余計に迫力がある。村瀬じゃない僕でも怖いと思った。しかし、もう萩野の負けは一目瞭然だった。海老沢もそれに満足したようだった。そして萩野に興味がなくなりその場を去ろうとした。

しかし、プライドを傷つけられた萩野が海老沢に反撃をしたのだ。弱々しいパンチが海老沢の肩に当たる。萩野はとっさにまずいと思い、場違いな笑顔を作った。海老沢にダメージなどあるわけがない。海老沢の顔が真っ赤になった。そして萩野の足を蹴り込んだ。萩野は太ももを押さえて苦笑いしている。

僕は当時、海老沢と仲が良く同じクラスになってから一緒に遊ぶことも多かった。だから僕は海老沢にかけ寄り両肩を押さえた。

「おい、海老沢。マジやめろって」

「どけっ」

殴られる、そう思って身構えた。しかし、海老沢は僕を殴らなかった。

「こいつが悪いんだよ。どけっ。マジで殺す」

「やめろって。先生来るよ」

海老沢の鋭い瞳孔がぶつかり、僕も睨み返した。視線の先に村瀬がいた。好奇心の目で僕を見ていた。

「てめぇ、邪魔なんだよ」

声のトーンが低く、興奮した時よりも怖かった。これだけたくさんの人がいるのに僕は一人でその恐怖を感じている気がした。何があっても僕を助ける人はここにはいないだろう。それでも僕は男としてありたかった。だから目を反らさずに海老沢を見返した。

「うっせぇよ」

「あ?」