一週間前、瑠衣はレイプされたことを父に告白し、やり場のない憤りや怒りをぶつけた。その勢いで、衝動的に救いを求め父の身体にしがみついた。
レイプした相手は、瑠衣が通っている都内の関東音楽大学特任教授の坂東栄一である。坂東は日本のフルート界では著名なフルーティストであり、大学ではフルート専攻学生のレッスンと器楽科演習科目であるウインドオーケストラの指揮者を兼任していた。
また坂東は、都内の自宅で音楽教室を開き、「若き才能発掘」と称して幼稚園児から大学生に至るまで幅広い年代層の受講者にフルートを教えていた。加えて吹奏楽界にも食指を伸ばし、地区大会入賞校や全国コンクールに出場する常連校に招かれては荒稼ぎすることでも有名であった。
瑠衣は、幼稚園のときから近所の音楽教室でピアノを習い、小学二年からフルートの個人レッスンを坂東から受けていた。中学、高校では吹奏楽部に入り、それでも週に一回のペースで坂東の自宅に通っていた。瑠衣は高校卒業後、坂東から薦められるまま関東音楽大学器楽科に進学し、現在二年生である。
瑠衣は、一月後半にある後期実技試験に備え、曲目をバッハの「管弦楽組曲第二番」に決め、弦楽器専攻の友達数人とピアノ専攻の友人に声をかけ、アンサンブル練習に励んでいた。
後期実技試験前最後のレッスンでは、アンサンブルのメンバーに頼んで時間をとってもらい、大学の小ホールで本番の試験さながらの演奏を坂東に聴いてもらって直接アドバイスを受けた。テンポ、音程や表現力について少々注意されたが、瑠衣にとって満足のいくものであった。試験当日、瑠衣はやや緊張したがなんとか最後まで吹き切った。