一闡提の輩

この世に人間として「(しょう)」を授かることは、極めて(まれ)なことである。

瑠衣は出窓越しに、柚子川の砂防ダムから絹糸のように流れ落ちる滝を呆然と眺めていた。二月中旬、砂防ダムの両脇には落葉樹の葉が絨毯のように積み重なっている。ダムを囲むように林立する杉林の上には、満月がまるで木々を押しのけるかのように光彩を放っている。

一昨日朝未明、瑠衣の父・木村直之は、村の消防団の手によって遺体となって発見された。場所は、柚子川に沿って整備されたハイキングコースを二時間ほど登った山の中だった。

遺体は「変死」扱いとなり、警察署の霊安室に運ばれた。警察から依頼された医師が検死した結果、「後頭部に大きな傷。手、足、背中や腹部の数か所に擦り傷。不審な点は認められず、後頭部からの出血多量による死亡」と判断され「死体検案書」が作成された。

警察署では、直之の父・木村喜一郎、妻・佳奈が立ち会った。遺体は、ハイキングコースから大きく外れた急な斜面を下った柚子川の河原付近で、顔を上にして横たわっていた。雨水を含んだ落ち葉に直之が足を踏み外したかのような痕跡があり、警察は、直之が転げ落ちながら川の手前の大きな岩に後頭部を強く打ち付け、出血多量で死に至ったのではないかと推測した。

警察は、事件性があるかどうかを確認するため、直之の家族全員に聞き取り調査を行うことになった。なぜなら、枯葉で敷き詰められた斜面から泥で汚れた一枚の写真とボールペンが見つかったからだ。写真に写っていたのは娘の「瑠衣」、ボールペンには「from RUI」と印字されていた。写真とボールペンからは、直之の指紋しか検出されなかった。