【前回の記事を読む】「さあ、何人卒業できるか知りませんが」看護のスパルタ教育

国田克美という女

国田は学生をコントロールするためには、学生の個人情報を収集する必要があると考えている。約二カ月間かけて一年生から三年生までの全員の面接を終えた国田は、学生からの情報のアンテナを張り巡らした。また、学年担任の看護専任教員に対しては学生からの情報をどんな些細なものでも良いから遠慮なく何でも話して下さいと命じた。

三年生は週二回の一日実習が四月から始まっている。ある時、市内の総合病院で看護実習のレポートを書いている時に聞こえたという会話が学生から国田に伝わってきた。その病院の整形外科病棟の研修医A子と整形外科部長との会話で、A子が部長に次のようなことを言ったそうだ。

「最近、骨折の入院患者さんが少なくなったわね。大腿骨の骨折も少ないわね。先生、次は私にだいてちょうだいね」

国田は病院でこのような会話を若き女子学生の前でするとは不届き千万と怒り狂った。早速、久船副学校長の講義の日に、誰もいない学生相談室でこの会話について真偽の程を調査してほしいと申し入れた。

久船は「ウァハッハ!ハッハ!」と笑って言った。

「何かの間違いではないのかね? 真っ昼間にこんなことを言う女医がいるもんですか。いるとすれば頭が変な人ですよ。もう一度、その学生を呼んで本当にそのような会話があったのか確認してみて下さいませんか」

「そんなことはできません。二十一歳の若い女子学生に破廉恥な話を聞いて確認なんて」

久船もその学生を呼んでそのような話を確認するわけにはいかないと思った。二人とも無言の時が数十秒間続いた後、久船はこう持ち掛けた。

「こんな面白い会話が本当にあったとすれば、プライバシーの問題だからと言ってしばらく様子を見ることにしてはどうですか」

「先生は問題解決をせずに逃げるのですか」

「いや、逃げてはいないよ。人のプライバシーに関することに介入するわけにはいかないと言っているのですよ」

「私は教育上の問題だと言っているのですよ」

「そんなのを確認しても無意味と思いますがね。プライバシーは尊重した方が良いし、そんな会話を確認する勇気は私にはないので、国田先生が病院で当事者に尋ねてみたらどうでしょうか」

「………」

対峙した二人にしばらく沈黙が続いたが、二人の間で解決する糸口は見えてこない。国田は研修医の女医A子を貶めたいのであろうか。医者嫌いの性格が根底に存在しているためと思われるが、国田の深層心理は男には理解できない。