「それで、非番で警防調査に行っていたんですよ。道幅とか、救急車が通れるか通れないとか、検証していたんです……」
舞子は玉原に説明した。管轄区域の地理や道路状況を把握するため、実際に地域をまわって交通状況や目印になる建物をチェックしていたのだ。地味な作業であるが、管轄区域の地理や建物状況を把握しておくのは重要である。
「あたしはてっきり、あなたたち二人が朝帰りかと……」
二十四時間勤務を明けての朝帰りであることに間違いはない。
「でもいいわねぇ。あのイケメンの水上くんが運転する車にいつも乗せてもらえるなんて。仕事も楽しくなるわね」
「はあ……」
アイドルのように容姿端麗な水上は、女性に人気がある。水上が機関員になってから、救急車で医療機関に行くと、看護師や事務員から差し入れをいただくことが多くなった。これまで、出場の合間に三人分の缶コーヒーを買ってきてくれていた菅平は、病院から引き揚げるたびに、ポケットを缶ジュースや飴やらチョコレートやらで、いっぱいに膨らませてくることが多くなった。
「あの救急車の運転手さんに渡してください」と頼まれるという。菅平と舞子は密かに「水上効果」と呼んでいた。
でも、岩原士長の運転のほうが、安心だったな。舞子は、前任の岩原が機関員を務めていたときは、車両運行について意識したことがなかった。それだけ、救急車の動かし方が自然であったのだろう。
「今日はまた、忙しいですね……」
夕方五時の時点で七件目の出場を終え、帰署途上の救急車内で水上が言った。
「今日、毎月点検の予定だったんですけど」
「次の当番に見送るか」
菅平が答える。毎月点検とは、月に一度行っている車両の点検整備のことで、オイル交換やエンジンの状態の確認、タイヤの空気圧点検などを実施する。機関員の資格を持っていない舞子も、車両洗浄やワックスがけなどを手伝う。機関員は、車両の運行だけでなく、救急車の点検整備も重要な任務のひとつである。
考えてみれば、救急隊員は三交替制でローテーションをしているが、救急車は働きっぱなしだ。きちんと点検整備をしておかないと、いざというときに動けないようでは困ってしまう。