悶々としていると鞄から振動が伝わって来た。栄美華から「そろそろミーティング」とラインがあり、時計を見るとまだ少し余裕があったので、急いでデザイン室へ戻る。
教授を囲むようにして学生たちが座り、コンセプトボードや模型を準備してアドバイスをもらう。私の斜め前には恵の姿があった。鋭い眼光で遠くを睨みつけていた。教授に対しても角が立つような口調になっている。恵は不機嫌な態度を隠せない。それでも嫌いになれないのは恵の置かれている環境に同情しているからなのかもしれない。
ミーティングが終わり、半数の学生は学校に残り、半数は帰宅する。恵は後者だった。
「里奈ちゃん」と声を掛けてきたのは金髪ショートカットでモノトーンのシャツとパンツをお洒落に着こなす岩瀬さんだった。
「ちょっといいかな?」
「岩瀬さんどうしたの?」
「恵ちゃんのことなんだけど、わたし地元が一緒なんだ」
声はなるべく小さくしていたつもりだったが、恵も私も怒ると声を抑えられず、先ほどの会話はクラスに響いていたようだ。恵について何かを語り出しそうな前置きだったので、スツールに置いていた自分の荷物を下ろした。
「隣にどうぞ」
「いきなりごめんね。恵ちゃんとまた喧嘩してたみたいだけど大丈夫?」
「うん」
岩瀬さんは腰をかけ私の目を見た後、机に視線を落として続けた。
「小学生の頃はとっても優しくて明るくてクラスの人気者だったの。だけど恵ちゃんのお父さんが再婚して今のお母さんになってから人が変わっちゃって、不良グループと交際するようになったの。家庭環境のせいなんだよ。あんなにわがままじゃなかったもん。それを里奈ちゃんには分かって欲しくて」
「話してくれてありがとう。岩瀬さんの気持ちは分かったよ。恵のこともっと考えてみる」
「ううん、こちらこそ聞いてくれてありがとう」
岩瀬さんは立ち上がり自分の席に戻った。恵、昔は優しい子だったのか。再婚して性格が変わったって言ったけど、継母の不倫が原因なのだろうか。考えないようにしていたが私は恵が気になって仕方がなかった。喧嘩したままでは本当に関係が修復不可能になるのではないかとラインしてみたが、既読もつかないまま丸一週間が過ぎた。