【前回の記事を読む】社会人歴10年近くの女性。通い始めた絵画教室での講習で…

マドンナの娘

アパートに一旦帰りシャワーを浴びる間、美琴は何を着て行こうか迷っていた。

絵画教室では絵の具が付着して洗濯しても落ちないことがあるので、汚れても気にならないようなカジュアルな服装が定番だ。

あまり普段と落差がないほうがいいのか、誕生日を意識してお洒落するべきか。

悩んだが選択肢は少ないので中間的なところで、最近買ったシフォン素材で白黒の水玉柄のセットアップを身につけ化粧をする。

繁華街から外れた熱田神宮の最寄駅の近くに「つた美術」という看板のある細長い三階建の建物があり、蔦のアトリエに加えて絵画教室とギャラリーが入っていた。

その斜向かいにある「ブラックベリー」は蔦の馴染みの店で、絵画展の打ち上げなどでよく利用すると聞いているが、美琴は初めて訪れる。

御影の指定した午後六時少し前に黒い木製ドアのレバーを引くと、すでに三人はテーブルについていて、笑顔で美琴を迎えてくれた。蔦はチノパンに麻のジャケットを合わせ、仙道はデニムシャツと黒のアンクルパンツ。御影はてろんとしたターコイズブルーのワンピースを着ていた。

「スケッチ会、お疲れ様でした」

仙道が会釈し、

「とりあえず、島田さんに乾杯しよう」

と蔦が音頭をとる。

「何か、恐縮です。すみません」

美琴もペコリと頭を下げる。

「飲み会の口実できてよかったよね。二週間後の合評会まで待てないもの」

カヴァというスパークリングワインで乾杯し、[口実]という御影のくだけた物言いを聞くと、美琴も少し緊張が緩んだ。

「島田さんみたいな若くて力のある人が入ってくれて、本当に嬉しいよ」

蔦は正面から美琴の目を見て言い、空いた自分のグラスにワインを注ぐ。

「一般の教室は中高年ばっかりだもんね。今まであたしが最年少だったんだに」

豊橋出身だという御影の口からは、ときどき三河弁がポロリと出る。

「島田ちゃんにアイドルの座を奪われたから、これからはあたし熟女路線かな」

「私それほど若くないし可愛くもないから、御影さんのセクシーアイドルの地位は安泰ですよ」

「この子ったら、謙虚っつうか、クールだね」

「セクシーアイドルは否定しないんだ、御影さん」

仙道が突っ込み、蔦と御影が笑い、美琴は曖昧に微笑んだ。序盤では蔦が持参したキャンバスを店内の飾り棚に立てて、風景画のミニ講義が始まったが、やがて白と赤のワインを一本ずつ空にした頃からは、今まで詳しくは知らなかったそれぞれの経歴や家族に関わるエピソードが語られた。