「島田ちゃん、キリン描いてたでしょ。見せて」

御影はこの教室の中では最初に親しくなった人だが、良く言えば人懐こく、屈託がない。

「こんな大勢いるところじゃ嫌ですよ。御影さんは何を?」

「あたしはハンサムゴリラ。あとヤマアジサイ。ね、何食べる?」

美琴と御影はきしめんを、仙道はラーメンの大盛りを注文した。

「沢山食べるね。仙道君、いくつだっけ?」

「この前も御影さん聞きましたよ。二十七です」

「わか。島田ちゃんは三十だったっけ?」

「御影さん、人に聞くならまず自分からでしょ」

仙道が慌てて御影をたしなめようとするが、美琴が、

「仙道さん、大丈夫。わたし、今日で三十一歳になりました」 

と言うと、仙道は御影と顔を見合わせて、

「え? 今日誕生日?」

「ハッピーバースディ! きしめんは仙道君の(おご)りだね」

「一番貧乏な俺ですか?」

「きしめんですか」

仙道と美琴が同時につぶやいて、三人は笑った。

受講生の中では美琴が一番年下だったので、年を知られても別に恥ずかしくなかったが、誕生日にほかの予定が入っていないのが寂しい気がしていた。すると三時頃蔦から解散が告げられ、駐車場に向かうときに御影が誘ってきた。

「今日島田ちゃんの誕生日祝いやろう。暇でしょ?」

美琴が返事をためらっていると、

「メンバーは先生と仙道君と私。場所は『つた美術』の近くのワインバー。いいね?」

勢いに押され美琴は頷いた。仙道は駐車場で蔦と一緒にキャンバスやイーゼルなどの画材をワゴン車に乗せている最中で、帰り際に運転席の窓を開けて「島田さん、また今夜」と片手を挙げた。後部座席には数人の受講生も乗せ、蔦も助手席に座っていた。

まじで? と呟きながら美琴は自分の軽自動車に乗り込み、今夜の予定が入ったことに気分が浮き立つ気持ちと困惑とが、胸中に入り混じっているのを感じた。

御影に悪気はなく、美琴を気遣っての立ち回りに違いないが、新入りの美琴は御影ほど彼らと距離が近くないので、仙道だけでなく蔦までも同席させてしまうのは気が引けた。