【前回の記事を読む】幕府の徹底した貿易の制限、戦国時代まで遡る衝撃の理由とは

異国船難破

筆頭家老の新宮寺隼人は、坊の入り江に大砲を積んだ異国船が座礁したという岩淵郭之進の報告を受けて、早急に、海防のために異国船の戦闘能力を知る必要があると、夜になっていたが、すぐさま、軍奉行の萱野軍平と海防方組頭の宇美野正蔵、鉄砲方組頭の梶山外記を呼び出した。

一番に到着した萱野軍平は、まだ若いがいずれ中老になって執政府入りすると噂されるほどの切れ者で、決断の速い男だった。

さすがに、この太平の世に、他藩と戦をするという懸念はなかったが、萱野軍平は海防に関しては危機感を持っていた。ときどき、舟手奉行の神流豪右衛門から、海防方を通して日本海における異国船の出没を聞いていたからである。

しかしながら、隼人に呼び出されたときには、坊の入り江の異国船座礁のことを知らなかった。萱野は、悪ぶれもせず、自分の不明をわびて、いぶかりながら聞いた。

「御家老、それはいつの話でございますか」

「昨日の嵐で流されてきたと云う。坊の入り江にたまたまいた吉三が知らせてきたのだ」

隼人は、座礁した異国船が大砲を積んで武装していると話した。海防のことが気になっている萱野軍平が勢いこんで、

「その異国船が大砲で武装しているとすれば、その戦闘能力はどれほどか知りたいですな」

それは、もし、戦わば、ということを念頭においての発言であった。

隼人は、幕府には異国船が座礁したということは報告するが、異国船が武装していることが知られ、藩の海防に口出しされても困るとの思いから、

「それはぜひとも知りたいが、噂が広がり騒ぎになるのはまずいから、あまり時間をかけたくない」

異国船の戦闘能力の調べは萱野軍平に任せるが、処理は迅速にして噂にならないようにと釘を刺したのである。

ちょっと遅れて、海防方組頭の宇美野正蔵と鉄砲方組頭の梶山外記が来た。隼人が二人に呼びだした理由を説明している間、萱野はとにもかくにも実物を見る必要があり、戦闘能力を調べるのに誰を連れていくか考えていた。

「すぐにも、坊の入り江に人が立ち入らないようにしなければなりません」

宇美野正蔵は、軍奉行の萱野軍平が何をしたいかわかって、

「坊の入り江は海の難所と呼ばれていて、人が立ち入らない場所ではありますが、念のため、立ち入り禁止にしましょう。蕪木川から坊の入り江に人が入ることはないでしょうから、後は、疾の番所で人を止めれば何とかなると思われます。直ちに手配しましょう」

と、席を立った。萱野軍平は異国船の調査に、

「御家老、異国の船が大砲を装備している軍船であるなら、調べ方に緒方三郎を加えたらよろしいかと」

と、鉄砲方の緒方三郎の名を挙げた。新宮寺隼人も緒方三郎のことは知っていて、始めから緒方三郎を加えるために、その上司の梶山外記を呼び出し、波風を立てないようにと気を使ったのだったが、萱野軍平はそんなことに頓着する男ではなかった。

緒方三郎は下士で身分は低いが、オランダ語の原書を読むなどして、大砲や火薬のことに詳しく、向後の藩の海防には欠かせない人材であった。

緒方三郎の名前が出ると、梶山外記が苦い顔をした。梶山外記は単に緒方三郎の上役というだけの食えない男で、緒方を身分が下士というだけでさげすんでいたのだ。

「緒方三郎か。良かろう。とにかく、“戦いになれば”を念頭に入れて調べてくれ。それからくれぐれも噂にならぬように気をつけてくれ。近隣を封鎖するにも限度があるんでな」

梶山外記は隼人が緒方三郎を知っていることに驚き、余計なことを言って自分の無能をさらしても仕方ないかと横を向いた。しかしながら、梶山は自分が何の役にも立たないことを棚に上げて、妬みだけは強く、自分を通さないで直接緒方三郎を呼ぶなどと、恥をかかされたと思いこんだ。

戻ってきた宇美野は、

「場所が遠く、不測のことが起こるといけないので、坊の入り江に向かう道を封鎖するよう、小粗衣の屯所に知らせました」

と、報告した。