軽井沢には両親が遺してくれた山荘があり、毎年五月の大型連休には姉と一緒に掃除に出かけるのが恒例だった。生憎、体調不良となってしまいきつかったけれど、山荘の窓開けとお庭の落葉掻きを済ませた。
夏は帯状疱疹をつくってしまったものの、軽井沢で静養することができた。七夕の日に入籍するという若い二人のためのお祝いの準備や、嫁ぎ先のお家にお中元を贈るといった母らしいこともできて嬉しかった。
六月の梅雨入り前、渋谷の句会に出かけた時にZARAに立ち寄ることもした。日本にZARAが展開していることを実は私はパリから帰ってきて知ったのだった。トワレの売り場を覗いてみると、レッドバニラが陳列棚に愛らしく乗っているではないか。私はパリがそしてリヤードがにわかに恋しくなって、その場を離れがたくてしばらくトワレ選びを装った。
すると、そこへ若い女性がトワレを選びにやってきた。あれこれと並ぶトワレを見ながらかなり迷っている様子だ。というのは残念ながらたまたまテスターがなく、どのような香りかわからない状態だったからだ。
彼女がレッドバニラにしようか他のトワレにしようか思案中とわかったので、私はレッドバニラを指して「これはいいわよ。パリの香り」とさりげなく伝えたら、その女性は「じゃあ」と頷いて四角いワイン色をした陶器のレッドバニラをすっと手に取ってレジへ向かっていった。
あの女性に幸運が訪れますように。少しの間、私は彼女の後ろ姿を見送っていた。
綺羅の恋詰めてきらきら香水瓶