フロント係、アルベール
私は、思いがけずアルベールとコミュニケーションをとっていたので、いつものオープン気質にスイッチが入っていたようだ。タクシーの運転手さんも、フランス人にしては珍しく愛想のある英語の堪能な人だった。日本はいい国だと言うから、私はこう問いかけた。
「あなた方フランス人から見たら、日本はアジアのひとくくりなんじゃないですか? コリアもチャイナもジャポンも同じでしょうに」
「そんなことはないよ! 日本はすごいよ」と明るい声が返ってくる。
「なぜ?」と再び問い返したら、「日本の歴史がすごい」と言う。どの時代のどこがと聞こうと思ったが平安・鎌倉などの時代区分がわかるわけでないし、こちらも説明できるわけでないので、歴史ねえ……と考えてみた。そして、フランス革命と明治維新の違いかなあと漠然と思った。フランスは近代に入る時に、多くの血を流した。ヨーロッパのなかでもフランス革命が一番激しく、夥しい数の人物がギロチンにかけられ、断頭台の露と消えた。
それに比べてわが国日本は、京都でも江戸でも血を流したが、大詰めの江戸城は無血で引き渡しが行われた。これは、すごいことだ。私は彼の言葉を非常に嬉しく受け止め、また日本人としての誇りを胸に、シャルル・ド・ゴール空港まで行くことができた。
フライトは午後七時だ。もう見慣れているし迷うこともないシャルル・ド・ゴール。余裕をもって空港入りしたせいか、チェックインも出国手続きも問題なく済ませ、出発ゲートまで来ることができた。これで飛行機に乗るばかりで、乗ったらあとは日本だ。事故や事件、盗難に合うこともなく旅を終えることができそうだ。安心したのだろうか、急に睡魔がおそってきて、私は椅子に腰かけながらうたた寝をしてしまった。
はっと気がついた時には、乗客たちが機内に乗り込んでいる。寝過ごしては大変とばかりに、あわてて乗り込む。座席につくと先ほどの眠気がまた戻ってきて、私は目を閉じる。パリの左岸の風景やリヤードの顔などが朧に見えたかと思うと、間もなく眠りに落ちていった。
ふと目覚めると私を乗せたエールフランスは上空にある。すでに離陸したようだ。どうやら一時間くらい眠っていたらしい。私は直行便の便利さを味わいながら、パリでの二泊を思い起こした。自分がフランス人と恋愛してくるなんて、人生ってこんなこともある。一つ一つ思い出をかみしめているうちに、私はデミタスカップくらいの後悔をした。もっと、はっきり自分の気持ちを伝えてくればよかった。
でも、どうしたらいいかよくわからなかった。意思表示や自己表現はやはり異文化どうしだと難しい。リヤードがいない左岸を一人で歩いて初めてわかった自分の気持ち。彼に「愛しているわ」と言ってこなかったことを私はそっと後悔した。