恋文のゆくえ

私はパリでのこと、彼のことを思いながら日常を送る。私の無事の帰国を待っていた友人の久美ちゃんに事の次第を報告すると、彼女は「それはまた行かなきゃ!」とはしゃいでいる。また、行く? また? 心が、柔らかくなっている自分がわかる。そうして私はシャンゼリゼ大通りのZARAで買った「RED(レッド)VANILLA(バニラ)」という名のトワレをかいでみる。パリのいたるところでたくさんのトワレに出会ったが、その中で私のハートをつかんだトワレ。ああ、パリそのものの匂いだ。

これは実際に訪れてわかったことだが、パリは何とはなしにいい香りがする花の都ではなく、バニラ芳香の街なのだ。どこに行ってもしっかりとバニラが漂っている。タクシーに乗っても、もちろん空港でも。そしてこのZARAのレッドバニラはまさにそれ。いつもパリと一緒にいるみたいな気分になれる。

職場に付けていくと、私の後ろで仕事をしていたミュージシャンでもある事務方アルバイトの坂井くんが「尾崎先生、甘い、いい匂いがする」と気がついて振り返ってくれた。

「あら、そう? パリの匂いってこんな感じなの」

「そうなんですね。パリかあ……」と彼はどこか夢見るような遠くを見るような表情をした。それからは

「いい香りですよね、僕、好きだなあ、これ」と何かにつけて坂井くんはコメントしてくれるようになった。私は毎日のようにこのトワレをたしなみながら、密かに彼との一夜を偲んだ。