坊の入り江
一
諸星と青山はうらぶれた浪人が安い酒を煽っているふうに呑み歩いた。大抵は金崎港で一番繁昌している居酒屋の「いろは」に入りびたった。
いろはは樽詰めの灘の酒をだす店で、船で運ばれて来たものを、そのまま出していた。酒に樽の木の香りが移り、香しくてうまい。肴も港だから、片口鰯やアゴ(とびうお)の半干ししたものをあぶって出す。塩加減がよくて、旨みが絶妙である。その他にアミやこのわたの塩辛、フグの粕漬け、からすみなど肴には事欠かなかった。
二人で黙って酒を飲みながら、あたりを見回して、いかにも退屈しているかのようにときどき溜息をつく。すると金回りの良い手代風の男が寄ってきた。
「お侍さん方はやっとうはできなさるんで」
「やっとう」とは斬り合いの際に出す掛け声のことで、転じて剣術を意味する俗称である。二人は、これは心外な、という顔をすると、
「これはすいません。ちょっとできる人を探しているんですが、なかなかいませんでしてね」
刀を振るような仕草をしながら、顔を近づけて、仕事は用心棒だという。
青山が承諾すると、そこの勘定は持ってくれて、連れて行かれたところは金崎港の勢戸屋の荷降ろし場所だった。沖に停泊しているのは勢戸屋の持ち船だった。諸星と青山は事前に舟奉行所で今日の荷卸しを調べて、網を張っていたのだ。
沖合の大船から荷を小舟に移し、その荷を桟橋近くの蔵に運び入れている。荷は大小さまざまで、二人がかりで棒を通して運び入れている大きな荷もある。荷を運んでいるのは、船が着く日に集められた日傭取り人夫で、中身が何かなどはまったく知らされておらず、ただ丁寧に扱えとだけ言われていた。