ゴーゴーバーでの出会い

正嗣はカウンターの上に置いてあるレイを新人にかけた。ジョアンは大人の男と話し慣れていないのだろう。視線を合わせるのが恥ずかしいようだ。目が合うとすぐにうつむいてしまう。正嗣の意識も酔いで限界寸前だったが、ジョアンに酔っぱらいと思われたくなかったので無理に正気を装った。

「マニラではどこに住んでるの」

「ディビソリア」とジョアンはうつむいたまま答えた。

その時、DJが曲を替えた。ボーイズ・タウン・ギャングの『キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー』だ。ゴーゴーバーに通い始めてから何度も繰り返し聞いた曲だ。今日もすでに何度か聞いている。正嗣はジョアンの瞳を見つめながら、「僕の一番好きな曲なんだ」と言って曲に耳を傾けた。

引き込まれるように聞き入ってしまうAメロ、Bメロ、ノリのいいサビ、耳に残るイントロと間奏。(まぶた)を閉じると、ステージ上で踊っているシャーリーの姿が思い浮かぶ。

曲が半ばを過ぎた頃、「キャー」という甲高い女の叫び声が聞こえた。声の聞こえてきた方を見ると、五、六人のダンサーたちが散り散りにその場から走り去った。大音量で流れるディスコミュージックに混じり、店の奥で客同士が大声で罵倒し合っている。喧嘩だ。ステージで踊っていた数人のダンサーたちは踊りを止めた。

その時、ガチャーンとグラスが壁にぶつかり割れる音が店内に鳴り響いた。正嗣の視線はその喧嘩の成り行きを追った。二人のアメリカ海軍の制服を着た男と黒いランニング姿の白人男が何やら言い合いをしている。

そして、ランニング男は矢庭に自分のテーブルの上にあったサンミゲルのボトルを海軍兵に投げつけた。その時の正嗣の神経はなぜか普段の何倍も研ぎ澄まされた感覚になっており、サンミゲルのボトルがスローのコマ送り動画のように回転し海軍兵たちの方へ向かって飛んでいくように見えた。激しく点滅するストロボのせいでもあるかもしれない。

ボトルが海軍兵にもう少しで当たると思った瞬間、店全体が真っ暗になった。DJが事を鎮静しようと照明を切ったのだ。光が消えると同時にスピーカーからの音も消えた。暗くなった店内ではその後もしばらく物がぶつかる音が響き、喧嘩している二人がまだ物を投げ合っているのが分かる。壁に跳ね返ったビール瓶が正嗣たちのすぐ後ろの通路に落ちクラッシュした。

カウンターに無防備で座っていた正嗣は身をすくめ震えているジョアンの頭を膝の上に押し付け、上半身をその上にかぶせた。まだ、罵倒の言葉の応酬は続いており、何か物が飛んでくる気配を感じたが、そこで正嗣の記憶は途切れた。