第一章【異変】

父の書斎にはこの地域の古墳に関する資料が特に多くあり、故に明日美の得意分野となっていた。とはいえ今思えば何かが変である。自分がどうしてこれほどまでに古墳に関する知識があるのか、なぜ父は長い歴史の中でも古墳時代にだけこだわりを持っているのだろうか、書斎に関する疑問が再浮上してきた。

父の書斎には、弥生時代晩期から古墳時代までの書物が特に多くあり、趣味嗜好があるとはいえ、それ以外の書物は圧倒的に少な過ぎる。その影響とも言えるのか、明日美自身も学問としての史実を基にした歴史学には興味は薄く、想像と謎に満ちた考古学に魅了されていたのが本当のところであった。

常識的に、調査報告書や出土品の検証分析、またそのリストなど専門性の高い学術書は、大学か研究機関にある書物であり、一般家庭にはない。さらにさまざまな形態の銅鏡と、それが出土した古墳を示した専門書や解説付き写真集、ならびに、その銅鏡を所蔵している博物館や史料館に置いてある大量のパンフレット、おまけにそれら銅鏡のレプリカまであった。

ここまでくると何のマニアであろうか。銅鏡に格別の思い入れがあるとでもいうのか、この執着心は何なのか、父の人格さえ怪しく思われる。

それに本棚の裏側に巧みに隠された、大きな金庫のような金属製の箱を偶然見つけたことを思い出した。

「あれは何? 何が入っているっていうの。もう面倒くさい、みんなまとめて聞けばいいじゃん、そして今起きている状況を伝えなくっちゃ」

すでに火の付いた探求心を消すことができないでいる。同時にこれから自分がどう行動すべきかがわからない、前途を案ずる気持ちが先走り、もしやと思い上着のポケットに手を入れて中を探ってみる、すると、あった。期待通りに携帯電話が入っていた。家を出る際、いつもの習慣で無意識に入れていたようなのだ。

手袋をぬぎ冷えた手に息を吹きかけ、電話をかけてみると、やはり残念ながら授業中のようである、電源が切られていることを知らせるアナウンスが聞こえてきたのだ。

「そうだ明日香の家に電話すればいいじゃん。叔母さんも天見家の人だから古い話をしっているかも」

そう思い立ち、すぐさま電話をかけてみる。されど虚しく明日香宅も留守番電話に繋がってしまった。とにもかくにも留守電に現状報告を入れて電話を切り、思い通りにならない苛立ちを抑えようと、また空を見上げて深呼吸をしてみる。その空には、流れる雲とともに、ただ冷たい風だけが吹いていた。