穂波は少し前までインターンシップの打ち合わせをしていた、設計課長のやわらかい笑顔を思い浮かべる。大手住宅メーカーの建売住宅がシェアを広げる近年だが、設計した建築物が建築雑誌に度々掲載される新藤は「セイコー建設の顔」の一人であり、地元の業界では有名人である。敵もいるであろうが、社内調整もほどほどにこなし、セクハラ、パワハラの類は今まで聞いたことがない。
「新藤課長、愛人が二、三人はいますよ。私用の携帯電話、めちゃ多いです」
確かに女性関係の噂は多少穂波の耳にも入ってくるが、仕事に支障をきたしている訳でもないので、プライバシーに口を挟む場面は今までなかった。
「先月、京都で建築士会の大会があって、課長と志賀さんと三人で行ったんです」
志賀というのは設計課の四十歳くらいの独身男性だ。
「普通は三人で行動するって思うじゃないですか。それなのに課長はフォーラムが終わった後、京都の友達に会うとか言って消えちゃって。あれは愛人1号と落ち合っていたと踏んでますが。私は仕方なく志賀さんと夜の部の交流会に参加して、二人一緒にホテルに帰るはめになっちゃって。そのときは速攻で自分の部屋に入って寝たんですけど、その後も度々志賀さんから食事に誘われるんですよ。ほとんどもうストーカー」
「そういうことだったの。志賀さんが宇佐美さんに好意を持つのは無理ないと思うけど、絶対ダメなの?」
「ムリムリムリ。もう会社に来るのもしんどくて」
「はっきり断ったの?」
「その、生理的に嫌とか、さすがに言いづらいじゃないですか。つきあってる人も今はいないし、だから今は仕事に集中したいのでつきあえないって言ったんです。そしたら、一級建築士の試験に合格するよう指導したいとか言い出して」
「角を立てたくない宇佐美さんの気持ちもわかるけど、はっきりさせないと志賀さんもかわいそう。そうね、新藤課長に責任とってもらいましょうか」
「お願いします!」
穂波は総務課へ戻ると、すぐに内線で設計課へ電話した。
「新藤課長、今夜空いてる?」