七
河北藩では、以前から勢戸屋が抜け荷をしているという噂があり、諸星玄臣は金崎港を中心に勢戸屋を調べていた。ところが、坊の入り江で異国船の難破事件が起きてから、ぷっつりと抜け荷の痕跡がなくなってしまったことがあった。
それでも、抜け荷が坊の入り江で行われていたとわからなかったのは、勢戸屋の金崎港における荷扱いが大きかったせいで、先入観をふっきれなかったのである。
その後の調べで、勢戸屋が次席家老の脇坂兵頭と懇意にしていることを掴み、諸星玄臣は八重を脇坂の屋敷に女中として潜り込ませた。
諸星玄臣は変装の名人で、勢戸屋を調べるのに大店の手代風に身をやつし、砂糖の仲卸を扱う鳴海屋の番頭に近づいて勢戸屋のことを質した。鳴海屋の番頭は勢戸屋のやり方に不満があったらしく、水を向けると洗いざらい話してくれた。
勢戸屋は廻船問屋で、表向きは砂糖を長崎で仕入れて金崎港まで運び、それを仲卸業者に卸している。藩では砂糖を贅沢品として課税していて、卸業者に卸すときに申告して、そのときに徴税される仕組みになっていた。だから藩内に入ってくる砂糖には、すべて税がかけられ、かなり高価なものになっていた。にもかかわらず、近年は菓子ばかりでなく料理の味付けにも砂糖が欠かせなくなってきていて、その需要は高まるばかりなのだ。
鳴海屋は自分たちが扱っている以上に、砂糖が市場に出回っているようだと感じたので、調べてみたらしい。それでわかったことは、金崎港で扱う荷だけでは城下に入ってくる砂糖の量と合わないと云うのである。諸星玄臣は吉三と一緒に、勢戸屋を調べようと金崎港に出向いた。
金崎港は粗衣川を運河使用にしたおかげで、二河城下への物流の起点となっているので、活気のある港町である。漁師や気の荒い船乗り、さらに港湾で働く日傭取りたちを相手に、さまざまな飯屋や飲み屋が立ち並んでいた。
なかでも安くてうまい酒を出す「いろは」という評判の居酒屋があった。北前船が運んでくる上方のコクがあってうまい樽詰めの酒を出すから、日の高いうちから繁盛している店である。酒好きな吉三にとっては、すぐになじみの店となった。