「思う存分、食ってくれよ!」
大鍋に湯気を上げる大量のトン汁。半年ぶりの振る舞いで、基がマネージャーの二人をアシスタントにして作った。中庭のテーブルにセットした卓上コンロに、そんな重さを乗せていいのだろうか、というような巨大な鍋が乗っている。
環境に配慮して、使い捨ての容器は用意しないから、と部員たちには箸と容器を持参するように昨日伝えたのだが、半数の部員がラーメン丼クラスの大きさの器を持って来たのには笑わずにいられなかった。
年内最後の、打ち上げの練習だ。冬の関東の、からりとした晴天と冷たい微風。あつあつのトン汁に頬をうっすら染めて、みんな嬉しそうだ。
円城寺くんが七味を入れ過ぎて汁を追加したのは策略じゃないか、とか、岩佐くんが肉と油揚げばっかりよっているとか、口々に言い合いながら、雰囲気は和気あいあいではある。多分お母さんの配慮なのだろう。寺島くんは大量のお握りを持参していて、みんながそのお相伴にあずかっている。トン汁の器を片手に、唇の端に米粒をくっつけている高校生の姿は、結構可愛い。
自分の分をさしおいて、部員たちの面倒を見に動きまわる海老沼さんと末広さん。女子だからとか、そんなことを言うつもりもないし、彼女たちなりに楽しんでくれればそれでいいと佑子は思うのだけれど、どうにもじっとしていられないらしい。
彼女たちと、仕切り役の基が、それでも湯気の上がる器を持ってテーブルに座ったとき、ようやく佑子もトン汁の香気を口にしながら少し落ち着いた。
「今年は、充実の一年だったんじゃない?」
含み笑いを浮かべながら、基は上目遣いに佑子を見る。そして、佑子は少し背筋を伸ばした。
「モトくん、正式に、うちのティームの嘱託コーチにならない?」
「もう、コーチしてるじゃん」
「じゃなくて、わずかではあるけど、ちゃんと報酬もあるし、生徒の引率もできる。どうせなら、ある程度の責任を背負って生徒に教えてほしいんだ」
海老沼さんの目が輝く。でも、言葉は発しない。オトナの意見交換だと、ちゃんと理解しているからだ。佑子はわざと生徒の前で話を振った。
「職場の中で配分される部外コーチの人数は制限があるから。でも、色々交渉して、校長の許可ももらったよ。私が、嘱託コーチを選ぶことができるの」
「気楽な方が、いいんだけどな」
基はそうつぶやくように言うのだけれど。
「今日みたいに、一緒に楽しんでくれたら、嬉しいな」
末広さんが一言。
「サクラコちゃんには、かなわないな」
それが基なりの、オファーを受けた意思表示なのだろう。