11月

大きな欅の木が繁る。その葉が色あせ始めた、秋葉台公園。十一月に入った。

ベストエイトのティームが集まって、ベストフォーを決める大会の重要な試合を、みんなで見に行こうと提案したのは足立くんだ。今年のベストエイトには、湘南大藤沢、横浜経済大付属、相模学院など、例年の上位常連校、最近急上昇で力をつけていると評判の金沢学院が並んでいる。

意地を見せている公立校は横須賀東高と桂台高の二校だった。もうそこに、見知っている人はいないはずなのに、両校とも高校時代の思い出に残るティームではある。感傷もある。

佑子はでも、現役の高校ラグビー部の指導者でもあるから、各校の先生方にも挨拶をして、せめて大磯東の名前を覚えてもらおうと動いた。横須賀東が一番最後になるのは仕方がない。今の横須賀東の監督は、佑子が高校生だった頃の葉山高の監督だった山名先生なのだ。この日の四試合のうち最後の試合が、横須賀東が湘南大藤沢にチャレンジする一戦になる。

「山名先生、お久しぶりです!」

その顔を見ると、生徒だった頃、ちゃんづけで呼ばれていた頃に戻ってしまいそうだ。

「おう、和泉先生、だな。頑張ってるんだってな。山本から、聞いたよ」

その、日に焼けた顔は変わらないけれど、少し白髪が増えたかな。目の前で表現することはシンプルなのに、なぜかバックに膨大な何かを秘めていそうな雰囲気。世の中に知らないことなんかないんじゃないか、と思わせられる笑顔なのだ。恩師、ってそういうものなのだろうか。

「先生が横須賀東高の監督って、何だかあるべき所に収まったって感じですね」

指導者としての山名は、佑子が教員になってみて初めて知ったことも含めて、大きな存在だったのだ。静かな物言いや常に沈着な姿勢。今は、県のラグビー専門部で要職にも就いていることは知っている。

「定年まであと五年。次から次へとめんどくさいことが降って来やがるよ。まぁ、長年楽しませてもらったお返しに、できるだけのことはやるけどね」

広いインゴールを利用して、横須賀東高のウォームアップが始まる。山名先生とティームの連携はスムーズで、山名先生からの端的な指示を受け、キャプテンのリードで試合に向けての雰囲気が高まっていく。

佑子は、足立くんと保谷くんを連れて山名先生の所に来ていた。二人に強豪校の、大切な試合に向かっていく流れを体感させたかったのだ。二人とも、もしかしたら横須賀東高のメンバー以上に緊張していたかもしれない。でも、引きつったその頬は、これから知らなければならない空気をしっかり吸収している、と佑子には思える。

グラウンドでは、金沢学院の機動力のあるフォワードが、じわりと桂台高フィフティーンを追い詰め始めていた。スタンドの隅でひとかたまりになって試合を見ていた大磯東のメンバーは、横須賀東が最後の最後に逆転トライを失ってベストフォーを逃す瞬間まで、じっと無言で観戦していた。その目には、驚きと感動と、畏怖と歓喜が同居している。

自分自身がとてもじゃないけれどできないことを、当り前のように実践している高校ラガーがいる。それに恐れをなすのか、それともモチベーションにするのか。

佑子の、大磯東のラグビー部員は、誰もうつむいていない。それを、誇りに思おう。