夜中に戸を叩く音が…
そして次の日、私はバイトを探しに行くと言って、アジトをあとにすると、足に任せて当てどなくさ迷い、一歩一歩と組織との繋がりを断っていった。くたくたになるほど歩いて、日が暮れると、行き当たった国電の駅から電車を乗り継いで同郷の友人の家に身を寄せた。そして、私はそこで激しく酔いつぶれた。
そんなふうにして一週間ほど彼の家で打ちひしがれていたが、そこを去ってまた当てどなく東京をさ迷った。そして、偶然、桜台で牛乳配達のバイトにありついて、住込みの部屋を得た。それは古ぼけた木造の古本屋の二階で、埃だらけの物置にベッドが一つあるだけの部屋だった。
私はともかくもそこに落ち着いて、一ヶ月ほどしたろうか。その晩、私は仰向むけに寝転んでソルジェニーツィンを読みながら、いつしか寝入っていた。すると真夜中に激しく戸を叩く音でふと目を覚ました。
誰かがピッタリと戸にすがりついて「はあ、はあ」とせっぱ詰まった息遣いで、助けを求めてドンドンと戸を叩いていた。余りにも必死だったので、私は怖くなって、息を殺し、耳をそばだてて聞いていた。
三度目に戸が叩かれた時、私は助けてやろうと、意を決して跳び起き、ガラッと戸を開けた。瞬間、サッと何かが鼻先を掠めたような気がしたが、そこには誰もいなかった。開け放った戸口から身を乗り出して見回したが、辺りには動く物一つなく、微塵の風も吹いていなかった。夜の闇に物音一つしない静寂が広がり、裸電球の黄色い光が不気味な影を落としていた。
私は訝りながら夜明け前の仕事に出、それを終えて部屋に帰ると、テレビのスイッチを入れた。と、昨晩、W大の文学部でxxが殺害されたというニュースが流れた。つい先日まで私がいた一文の自治会室で、xxは私のかつての仲間たちにxx派のスパイとしてリンチを受けて殺されていた。
文学部の構内に機動隊が入っていく画面を見ながら、私は呆気にとられて立ち尽くした。昨夜、助けを求めて私の部屋の戸を叩いたのは、死に迷ったxxの亡霊だったのだ。
様々な思いが頭の中を駆け巡った。xxはスパイなどではなかったろう。私の仲間たちはxxを殺すつもりはなかったろう。反撃されることを恐れて叩き続け、ショック死させてしまったのだ。
しかし、全学連は初めて人を殺したのだ。そうなった以上、嵐のような断罪と報復の抗議行動の矢面に立たされるだろう。
「危機に瀕した今こそ、仲間たちのところに帰って戦わねば、……。しかし、組織から離脱しておいて、今さら彼らに代わって、彼らの罪を負って、批判の矢面に立ったとして、それに耐えることができるだろうか」
私は彼らのやったことに責任が持てなかった。自分のやった罪ならともかくも、彼らのやった罪を負って、断罪を受けて立つだけの確信が、私にあろうはずがなかった。私は仲間たちのところに行きかけて、立ち上がったまま長い間そこに佇んでいた。そして、そのままついに足を踏み出すことはなかった。