KANAU―叶う―
作曲を練っているうちにいつのまにか、望風はテーブルに顔をふせて眠ってしまっていた。目が覚めて、優理のスプリングコートが肩にかけてあることに気づく。優理もいない。立ち上がって一階に目を落とす。腕時計に目をやると、閉店時間も近づいているが、まだ一階は、人々で華やかだった。ウェイターは、白シャツと黒のパンツにロング丈の腰巻エプロンを巻いている。案の定、優理も大地もそのユニホームに着替えて、お店を手伝っていた。
望風はスマホで三人の接客の様子を撮りはじめた。それに気づいた大地が望風に向かってウインクする。お調子者の大地は、接客がうまくて人気者だ。嫌味のない馴れ馴れしさで万人から好かれる。武士が優理に声をかけている。優理と望風は目が合った。多分、夜もふけてきたので、優理に望風を家まで送るように促したんだろうと思う。優理はエプロンを脱ぎながら、すぐに二階の望風のところまでやってきた。
「いいよ。みんなのこと待ってる」
望風が言うと、
「武士が、アレンジすすめとくからって。望風が寝ちゃってるときさ、みんなで楽譜見たんだ。すげーやる気だしてたぜ武士。かわいーやつー」
優理が言った。望風は、武士の口から感想が聞きたいと思ったけれど、優理に
「いこ」
と言って、店をでた。優理は自転車の後ろに望風を乗せてペダルをこぎだした。望風は両手を優理の腰にまわして、上着をつかんだ。望風は優理の背中にもたれかかって、そっとそっと歌いだす。桜の花びらが風に乗って舞うように、望風の歌声も風に乗ってみんなに届くといい。宝石のようなその歌声を守るように、優理が望風の手をにぎった。
あなたに会う資格 詩 武士 曲 望風
ただじゃれあっていれば
毎日笑っていられて
なんのしがらみもなく
あなたに会えた
僕がもっと大人だったなら
あなたを手放さずにすんだのに
僕がもっと大人だったなら
あなたを泣かさずにすんだのに
僕がもっと大人だったなら
あなたの笑顔がみたくて
背伸びする
遠ざかるあなたの声さえ
思い出せない
いつかきっとあなたの笑顔を
とりもどしてみせる
いつかきっとあなたの優しさを
とりもどしてみせる
いつかきっとあなたに会う資格
その資格を手に入れるのに
どれだけの時間を費やすのだろう
僕を見つめる眼差し
遠ざかる
あなたに会う資格
あなたを守る資格
認めてほしい僕のこと
僕がもっと大人だったなら