若干の考察

ここまでの話をまとめておこう。

開講される各講義・演習の教育上の目的を明確にできていること、これが厳密にできていればルーブリックによるレポートなどの評価軸の絞り込みは容易である。それを忠実に実行に移せば、(1)採点業務の効率化、(2)受講生の受講態度の良化、(3)静粛な雰囲気での講義進行、という教員側のメリットを享受できるのと同時に、前章の検討結果を踏まえると、学生・生徒の学ぶ意欲なども観察できる。また、学生側にもルーブリックで意図されたスキルが身につくというメリットを享受できる。とはいえ、上記事項を実現するためのルーブリック作成および運用にはそれなりのハードルがある。

第1に、ルーブリックで設定する評価軸および評価基準は少なくとも講義期間中に変更しないことが望ましい。1つの講義で評価軸や評価基準が揺れると受講生たちに迷いを生じさせるし、採点業務にも支障をきたすことになるからである。

第2に、評価軸や評価基準はシンプルな方が望ましい。シンプルであるほど結果に対して強力な説得力が付与されるからである。これは、多様化する高等教育の実践アプローチの中で学生のスキル獲得の程度を計測する際の妥当性・信頼性に関連するポイントである。なお、評価軸および評価基準をシンプルにするほど他の講義などへの転用も容易になるという意味で、ルーブリックは汎用性の高いツールとして有力な手段となることも期待できる。

第3に、作成されたシートはルーブリックで採点の後に必ず返却することが重要である。いくら「書く」活動が重要だとしても、結果が戻ってこなければ学生は何をどうしていいのかが分からなくなるからである。この点は、教員と学生・生徒間で評価基準・目的などが相互で合意されているインフォームド・アセスメントに関連する。

ルーブリック評価は講義風景を一変させる特効薬ではない。それと同時に、講義内容の学問上の位置づけによってはルーブリック評価がふさわしくないものも存在する。これは私が実際にルーブリック評価を通じた講義運営をした上での実感だが、学問体系が強固に構築されていて、さまざまな応用分野に接続する基礎的分野にあたる内容を講義する場合、その評価は従来の方法でいいと思っている。

いわゆる基礎理論は「知見をある程度自在に再現できる」ことがスキルなのだから、それを測るのには小テストなど(紹介した溝上慎一における最広義の定義を踏まえると、これも立派なAL)の従来からの方法がより効率的である。無論、スポット的にこれまでと切り口の異なる教育実践をうまく挿入できれば、それに越したことはない。

その1つとして最近注目されているのが反転授業である※注1)。たとえば、講義途中にレポート課題を課す単元があるとする。通常の講義では必要な知識を教室で教授し、それを踏まえて教室外でレポート課題に取り組んでもらう構造をもつ。反転授業はこれを反転させる、すなわち教室外で必要な知識について勉強してもらい、その成果をもって教室でレポート課題について取り組むのである。

ただし、その場合、その実践がそれまで学んだ基礎知識を活かしたものであるのと同時に、それ以降の基礎知識を獲得するきっかけとならなければならない。この点については後に触れる。