KANAU―叶う―
武士が放課後、望風のクラスへ来た。
「今夜、あいてる?」というので、
「ナウゼンでいい?」
と答えた。
「迎えにいくよ」
「大丈夫。優理が来てくれるはず」
望風がそう言うと、武士が笑って
「そだな」
LONELINESS IN BLUESKYのアレンジが出来たんだろうと思う。多分、優理にも大地にも、武士は同じように伝えているはずだ。武士は、ナウゼンでアルバイトをしている。
「新しく書いてみたのがあるんだけど、見てくんね? なんかうまく曲が書けねえ」
武士が言うと、望風が、
「わかった」
と嬉しそうに答えた。望風は武士の新作をいつも楽しみにしている。
その晩、優理と望風がナウゼンの回転ドアから中へはいると、随分込み合っているようだった。満席のようだ。ビアホールのような活気のある広々としたフロアは、絵の具セットのチューブから全色パレットにだして、混ぜて色の種類を何倍にも増やして、天使が描いて飛びまわっているかのように、洋服とヘアと話し声で、カラフルだった。なんだかその光景をもとに一曲できそうなくらいにぎやかだった。
ウェイターさんが、望風と優理に気づいて、指で二階を指してくれた。二階のあのテーブルのところに行っておいてということだ。二階へ上がって、望風は、一階を見渡す。武士と目が合った。左手に丸いトレーを持って、右手でごめんと言っている。望風は、笑顔で頷き返した。優理が、
「今夜は無理かもなー」
と言った。そう言いながら、優理も着替えている。店を手伝おうと思っているのだろう。優理が音楽雑誌をバッグから取り出して、望風に渡した。
「飲み物、何がいい?」
「んー、アイスコーヒー。ありがと。がんばってきて」
望風が、優理にそう言うと、優理は、「まかせとけ」と言って、階段を駆け下りて行った。優理の足取りは軽やかだ。優理は、望風の「がんばれ」が好きだった。
木製の木の色をした手作りの色褪せた四人掛けのテーブルは、きっと何十年もたくさんの人に触られて、人馴れした演歌歌手のような存在感があった。コーティングのされていないざらっとした触り心地の質感で、味わい深いけれど未完成な雰囲気が、望風は好きだった。
それは武士の父親が経営するレストランバー「NOW AND THEN」の二階フロアの一角にある。そこから見下ろした一階フロアには四~六人掛けのおそろいの木の色の角テーブルが、万華鏡をのぞいたみたいにずらーっとテニスコート三面分くらい並んでいる。その中央に一階と二階をつなぐ大人四人くらいが並べる階段がある。