調査役に選ばれた青山新左衛門
用人の加持惣右衛門は、この事件が抜け荷と関わりがあると考えた。坊の入り江という場所で抜け荷とは考え難いのであるが、もしそうだとすると、瀬取り(海上で船どうしが、直接、荷の受け渡しをする)をして荷を運んでいることになり、藩の海防をくぐり抜けての抜け荷となるので、事は放置できない問題だった。
それで、国元で顔を知られていない人物に調べてもらおうと、藩主義政のお側衆である青山新左衛門が選ばれた。
「そこもとに国元の抜け荷のことを調べてもらいたい。藩の海防にも関わることだから慎重にな」
理由は、お側衆ながら、藩屋敷の歳入歳出に詳しく、帳簿も簡単に手繰れたからである。それに青山は江戸常府であるから、先入観を持たないで調べが進められると思っての起用である。しかしながら、青山は藩主義政が上覧するすべての文書と報告書に目を通していたから、藩の諸事情に詳しかった。
蜜命を受けて国入りする青山新左衛門の護衛に和木重太郎がついた。江戸で剣の修業をしている和木重太郎にとって、巨大な異国船が座礁した話など国元のことはなにも知らなかった、ましてや、抜け荷の話など聞いたこともない。
しかしながら、突然に、江戸で剣の修業をするにあたって道場を紹介してもらうなど世話になった用人の加持惣右衛門から、抜け荷を調べるために国入りする青山新左衛門に同道しろと命ぜられた。
加持惣右衛門は和木重太郎の器量を見ようとの思惑があった。重太郎をただの剣術使いにしたくなかったから、青山新左衛門から学ぶことも多かろうと護衛役につけたのだ。青山新左衛門は道中、国元で起こった事件や事情をすべて重太郎に話した。