タツロー、ダミー運べ! という声がかかって、榎くんは腰を上げる。
「ぼくも、まぜてくださいよ、和泉先生」
もちろん歓迎なのだけれど、彼の普段の生活は一風変わっている。追いかけているのが、鳥なのだ。それも、普通のヒトは相手にもしない、もっと言えば、誰もが害鳥と思っているかもしれない、カラス。
デジカメのディスプレーには、ラグビー部の練習風景の他に、真っ黒な鳥の姿が並んでいる。海岸の上空を舞うトビとか、水田の中の白い鳥だとか、そんな姿もないではないが、圧倒的多数のショットの対象になっているのはカラス。
学校の傍の電柱の上で、あたりを睥睨しながら大きな口を開けているカラスの、何だか威圧的な姿が怖い。榎くんによれば、北門の駐輪場ではカラスの注目すべきパフォーマンスが見られるというのだ。どこから持って来たのやら分からないのだけれど、時々クルミをくわえたカラスが来るのだという。
殻付きのままのクルミはカラスには手に負えない。カラスはクルミをくわえて上空に舞い上がり、駐輪場のアスファルトに落として割るのだという。
「自分がいる高度と、クルミが割れる強度と、下に向かって振る嘴と、割れるクルミにアプローチできるスピードと、あいつら、すごいデリケートに戦略練ってるんですよ。割れたクルミ、他の個体に横取りされたら元も子もないですから」
榎くんは自分の手柄自慢のように、言うのだ。
「ラグビー、カラスだったらどんな風に戦略立てるでしょうね」
佑子が許可を出したら早速、榎くんはコンタクトプレーの練習にも参加するようになった。それが、常に的確なタックルを決める。鳥のように無感動な目が、鋭く対象を見つめているような気がする。というのは、ちょっと失礼なのかもしれないが。
「でもね、ぼくは猛禽じゃないです。鋭い爪も嘴も持ってないし。でも、先を読む、っていうんですかね。無力な自分をどう生かすか、っていう、カラス的選択がぼくには合っているような気がして」
そんな気がする高校生は滅多にいないと、佑子じゃなくてもそう思うだろう。