「だからラグビーだ、っていうつもりはないです。でもね、自分が何かに出会って、ここに、オレにとって約束された場所があったんだって、そう思えた高校生は、幸せですよ。せっかく知り合えた大磯東のティームに、営業的に食い込もうっていうよりも、人数不足の中で頑張ってる高校ラガー、他人に思えませんもの」

条件は、ネイビーブルーのシンプルなジャージ。胸に、OISO・Eと入れたい。それだけだ。ネイビーというのは、校歌の歌詞の中に、海の藍さを称えた詞があるから。

「笑っちゃうんですけどね。稲村ケ崎(いなむらがさき)高校、ご存知ですよね」

もちろん意識の中にはある。普段は電車通勤だけれど、休日などにクルマで学校に来れば、必ず稲村ケ崎高校の校門前を通る。おそらくは、海岸への近さでは大磯東と同じような距離感だろう。これまで縁がなかったけれど、同じ相模湾岸の少人数ラグビー部として、何年か前までは大磯東を含む合同ティームを構成していたこともあったようだけれど。

「垣内さん、いま稲村にいるんですよ。相変わらず、グラウンドで大声出してるんだろうけど、妙に潔癖なところがあってね。スポーツショップに就職したオレ、出入り止め食っちゃったんです」

「何で、ですか?」

「垣内さんなりのケジメなんでしょうね。教え子との関係でどうこう言われたくないから。でもね、トップリーガー目指さなかったお前なんて嫌いだって、言われました」

それはまた、ずいぶん極端な。

「高校生の頃だったら、傷ついてたかもしれませんね。オレは先生の持ち駒じゃねぇ、なんてね。でも、いいかげん分かりますよ。独り立ちして、お前の道に進め、ってことですよね。古くからの知り合いだからって、そこに寄りかかるな、って。偏差値とか、職業観とか、オレの母校も色々うるさかったけど」

佑子は、もしかしたら覚悟を持って聞く話なのだろうか、と思う。

「垣内さんの乱暴な話の方が、オレには効きましたね。大学は経営学部とか行ったんですけど、大学時代はラグビーやっても、芽が出なくてね。大学二年の夏合宿で、肩をコワしてリタイヤしたんです、ホントは。靭帯切っちゃたんで。垣内さんに怪我のこと言えば、今度は過剰に心配するから、言ってないんですけど」

だから、左肩、上がらないんですよ。と、肩の線までで限界の、左腕を持ち上げて見せて、改めて笑顔になる。

「今は高校生アスリートのサポートする仕事、楽しんでます。オトナってこういうことなんだ、って。あぁ、先生相手にする話じゃないですね」

もうすぐパパになるんですよね、という一言は、喉元で止めた。緒方の誠実さと正直さは十分に分かった。小さなことでも、何かを一緒にやってみたいと思う。

見積書や色々な文書を添えて、先輩の先生のチェックを受け、新しい大磯東のユニフォームを、佑子は緒方の会社に発注することにした。